爪無し団長の爪塗り係
庭守透子
第一章 塗爪師のススラハ
第1話 売れ残りのススラハ
戦場となった場所でご遺体をまるごと持ち帰るのは困難だ。魔物と戦えば、腕一本でも残れば良い方だろう。だからラオドーラ国では戦場に向かう人々――主に騎士団に所属する者たちの爪に色を塗る。たとえ、指一本になっても個々を認識できるようという意味合いが始まりらしい。昨今では能力強化の魔法も同時に付与できるようになった。だから
なのに、なんで俺は売れ残っているんだ?
学舎から追い出される直前なのに、俺だけがなにも決まっていないままだ。売れ残り同士頑張ろうと言い合っていた同学年のホルーリアが、先程無事に職を手にしたと喜んでいた。俺だけ、売れ残っている。
学舎生活で不真面目に過ごした記憶はないし、自分でいうのはどうかと思うが、優秀な学生として挙げられていたくらいだ。
いたたまれなくなって、俺はそっと教室から抜け出して便所に向かった。ホルーリアのことが心底羨ましくて、嫌なことを言ってしまいそうで、怖くてぼうっと便所の天井を見上げる。
「……俺、どうなるんだろ」
ため息をついて、何度も手を洗う。他人の指先に触れるから、まずは己の指先の状態を整えること。何度見ても、俺の指先はきれいだ。誰かの爪先を塗るために整えてきた。でも、その誰かがいなかったら――そう思った時、俺は爪を噛んでいた。
わかってる。その理由が性別にかかっていることくらい。
塗爪師の多くは女性だ。名を残さずそれでもと戦う多くの者に彼女らが気づき、些細な祈りと加護として、爪を塗る。諸説によると、妻が塗っていることが多かったそうだ。
塗爪師は、女性がもぎ取った職業だ。それでも俺は――。
「ススラハ!」
突然名前を呼ばれて、俺は後ろを振り向く。ホルーリアだった。
「お前っ、男子便所覗くな!」
「ごめん! それよりも来て!」
息を切らしながらもホルーリアはずかずかと男子便所に入り、拭いていない俺の腕を掴んだ。俺の返答を待つわけでもなく、ぐいっと教室に向かって走るものだから、慌てて足を動かす。
「急にどうしたんだよ」
「ススラハ、体力には自信あるよね!? あるって言って!」
「ほんとに何? そこらへんの人よりかはあるつもりだけど……」
「じゃあ、私を置いて先に教室行って。私もう無理限界」
教室は三階にある。人目につかない一階の奥の便所を使っていたから、体力のないホルーリアにとっては片道だけでもしんどかったのだろう。肩で息をしているホルーリアは、俺の背中をばんっと強く叩いた。
「行って! 職、もぎ取って!」
「は?! そういうの先に言ってくれよ!」
職と聞いて俺は廊下と階段を全力で駆けた。教室の入り口には担任がいて、俺の顔を見て早くと催促するように手を回した。教室に入ると、ラフィリヤ騎士団の制服を着た男性がこちらを向いた。
「こちらのススラハが対応させていただきます」
「塗爪師ススラハです! よろしくお願いします!」
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