禁忌創造アクアリウム
刈葉えくす
人造厳禁
俺の友達は『博士』である。我々一般人には理解の及ばないトンデモな発明品を次々と作り出し、何気ない日常を混乱に陥れる。ある種のご都合主義的な博士である。最近は理系科目にも飽きたらしく、考古学に凝っている。
博士の実験室は、俺達が通う学校の隠された地下フロアに存在する。行き方を知っているのは、本人と俺を含め、ごく限られた人間のみである。
まず、校舎の本館、1号館、2号館のエレベーターの位置を、それぞれ3階、3階、4階に合わせ、そうしたら60秒以内に本館の1階から2階へ続く踊り場まで行き、身体を右に7回転させる(地面に振動を感じたら成功)次に、図書室に置かれた『源氏物語』全10巻を特定の順番に並べ替えた状態で、近くにある本に偽造したスイッチを押すと、体育館倉庫の奥にある隠し扉が開くので、そこから伸びる階段を下ると、博士の実験室に到着する。
そんな超回りくどいセキュリティである。定期的に簡略化を提案しているのだが、その都度博士は、
『ロマンだから良いの!』
と幼児の様に拗ねる。聞いたところによると、博士は小学校1年生の夏休み、廃品回収の段ボールをかき集め、近所の公園に作った『秘密基地第一号』を町内会に撤去されて以来、反権威主義に目覚めると同時に、秘密基地に強い執着を抱くようになったらしい。
「おーい!博士ー!」
「むう……来たか。助手」
この、ダボダボな白衣を身に纏ったちっこいのが、我らが博士である。
一応高校生という事になっているが、くりくりとした瞳に、ピンク色のヘアピン、凸も凹も無い身体。全身を構成する全ての要素が小学生だ。
「博士、このバカでかいアクアリウムみたいなのは一体……?」
東京ドーム1個分はあると思われる広大な実験室には、無数の機械に繋がれた巨大な水槽の様なものが置かれている。これもまた、地方水族館の目玉水槽くらいのサイズ感だ。どうやって運搬したんだろう。
「助手よ、聞きたまえ。コレはただのアクアリウムではない。言うならばコレは、『生命の源泉』なのだよ」
「はあ。よくわかりませんね」
「だろうな。だから今から分かりやすく教えてやろう。助手君、人間を構成しているモノは何かわかるかね?」
「えーと、確か水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン800g、塩分250g、硝石100g、イオウ80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、少量の15の元素。でしたっけ?」
博士は、じとーっとした目で僕を睨んだ。どうせ答えられまいと踏んでいたのだろうが、残念だったな。俺は最近『ハガ〇ン』を読んだから知ってるんだ。
「君……最近『ハ〇レン』読んだろ。内容が丸コピペだぞ」
バレてた。ていうか、博士も読んでるのか。なんか意外だ
「バレましたか。つーか、博士もアニメとか見るんですか?てっきり興味無いと思ってました。そういうの」
「おい助手、私を誰だと心得る。この世のありとあらゆる学問に通じる現代のダヴィンチ、いや、それ以上の傑物である博士様だぞ?サブカルチャーにも常にアンテナを巡らせているに決まっておろう。」
「はあ、そういうもんですか?」
「ああ、そういうもんだ」
「……えー、こほん。話が逸れてしまったな。つまり私が言いたいのはだな。生き物の身体というのは、案外少ない材料から出来ているということだ。では、改めてこの水槽を見たまえ」
「はあ、そのお話と水槽にどんな関係が?」
「この水槽にはな、想定しうる全ての生き物の『元』となる物質が溶かされているのだよ。コレに特殊な電流を流して操作すると……」
博士がパソコンを目にも止まらぬ速さで操作する。手が小さい分、その動きは激しい。
そして博士の指に合わせるようにして、周辺の機械たちが続々と唸り声を上げ始める。その様子はまるで、博士を指揮者とするオーケストラみたいだ。
中央の水槽からバチバチという音がする。やがて、水の中が一瞬光ったかと思えば、バシャンと、何かが音を立てた。
「こんな風に、生き物が生まれる」
水槽では、全長15センチあるかないかくらいの大きさの魚が、まるで最初からそこに居たかのように泳いでいた。
「…………マジかよ」
博士が気まぐれで人知を超えた発明品創り出すことは、まあそんなに珍しくも無いが、コレは今までのものとはレベルが違う。
「凄い!凄すぎますよ博士!今までやつもエゲツなかったけど、今回のは人類文明の100年先を行ってますよこれは!」
もしも博士の反権威主義が治れば、人類文明の進化速度は+100年どころではなくなるだろう。
「ふふん。そうだろうそうだろう。そしてここをこうすると……ほら!刮目せよ!」
水槽を泳ぐ魚が『分解』されていく。個体が複数の器官系に、器官系が組織に、組織は細胞に……どんどん細かく分かれていって、最終的に水槽の液体と完全に同化してしまった。
「……凄え……凄えけど……なんか、気の毒ですね……」
勝手に、生み出され、何も解らないまま消える魚の一生に同情せずにはいられない。しかしよく考えてみると、この世の全ての生き物なんてそんなもんなんじゃないかと、そんなことも考える。
もしも、この星が誰かの、というより『何か』の水槽でしか無くて、自分たちはそこで何も解らないまま一生を終えているのだとしたら……
……まあ、そんな事考えたって仕方ないか。誰が何言おうと
「でも博士、こんなもの作ってるってことは、前ハマってるって言ってた考古学の方は飽きちゃった感じですか?」
博士は先月、もう理系科目は飽きたと言って、考古学を学ぶとか言ってたはずだ。
「あー……それはだねえ……」
博士は表情を曇らせた。珍しい反応だ。
「考古学はそのう……なんというか、行き詰ってしまったのだよ。今回の発明も、勉強の息抜きの一環みたいなものさ」
「マジっすか?博士が苦戦する考古学って一体……」
「なあ助手」
「はい、なんでしょうか?」
「仮に……仮にだよ?我々が住んでいるこの星が、全く別の宇宙人が所有している土地だったとしたら、どうする?納得できるか?」
「いや博士、どうしたんですか急に?」
博士の顔が、今までに見たこともないくらい、強張っている。
「どうするも何も……」
俺は子供の頃に見た特撮のビデオを思い出した。かつて人間に住む場所を追われた地球の先住種族が、自らの生存を懸けて人類と戦うというあらすじだ。最終的に先住民族がけしかけた怪獣は倒され、人間側が『これで海底も我々のモノだ!』と高らかに勝利を宣言するという、なんともモヤモヤが残る回だった。
「まあ、なるべく仲良く円滑な交渉が出来る事を望みます」
「その宇宙人は人類のことを『旅行行ってる間に自宅に湧いて出てきた害虫』程度にしか認識していないとしたら、どうする?」
「……」
馬鹿みたいに広くて薄暗い実験室を、冷たい静寂が駆け巡る。
「……いや、マジでどうしたんですか急に。不吉な事言わないでくださいよ」
「いや、何でもない。最近寝不足でな、変な事を訊いたり考えたりしてしまうのだ」
「はあ、博士ちっちゃいんだから、ちゃんと寝て身長伸ばしてくださいね?」
「……解った。では私は、スポンサーの所へ報告に行ってくる。じゃあな」
そう言って博士は暗闇の中に消えた。
おいおい、今の下りはいつもなら『ちっちゃいとはなんだ!』とぷんすか怒るところだろう。マジでどうしちゃったんだ?ウチの博士様は。
───────────
助手へ
わたしはまちがっていた わたしは生み出してはいけない生き物をつくってしまった わたしはだまされてた 奴らはやってくる 私が作ったモノによばれて
海から
地下から
空から
おぞましい ことばにできない とてもこわい ものがやって来る
にんげんは よわいから どうしようもなくよわいから みんな死ぬ
ごめんなさい 本当に ごめんなさい
──研究室に残されていたのは、この殴り書きのメモと、何かによって破壊された研究施設と、賽の目状に切り刻まれた博士の遺体だけだった。
そしてこの暗闇の中に、今この俺が呆然と佇む空間の端に、その『何か』が居る。姿は見えないけれど、感じる。
無数の息遣いが、
無数の視線が、
無数の悪意が、
身体が勝手に眼を閉じた。それは今、目の前に現れた存在を見ないようにする為の、精一杯の自衛本能だった。
空気を吸い込むと、仄かに
禁忌創造アクアリウム 刈葉えくす @morohei
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