02 流刑先
「流人としての差?」
兄・宗時に、政子は「そうです」と答え、それきり何も言わなかった。
頼朝と別れ、北条館に帰った政子は、出迎えた弟の義時と「流人と会った」と話し、義時があわあわとしている間にも「京からの使い」とか「京からの
そうしたら案の定、父の時政がいない間の当主代行、宗時の耳にとまったというわけである。
義時は、「偶然に出会ったのです」と政子の代わりに言い訳をしたが、肝心の政子に静かにするように言われ、しゅんとしている。
意に介さず政子は
頼朝からは、黙っていろと言われてはいない。
隠さずと言った以上、隠さなくていいのだろう。
それは、政子の体を見たことへの対価というか、実は政子の歓心を引きたかったのか、判然としないが。
*
宗時は、実は頼朝が京とやり取りしているのを知っていた。
仮にも北条の総領息子である。
むしろ知っていて当然と胸を張った。
だが、
「……で、他には何か言っていたか?」
最初、政子をとがめようとしていた雰囲気は、今や雲散霧消しつつある。
なんだかんだ言って、妹に甘い兄であった。
そうなると政子もつい、なにか価値のあることをと思い、流人の差のことを口にした。
「流人としての差?」
「そうです」
「なんだそれは」
お前はわかるかと言われ、四苦八苦して義時は「そんな島じゃなくて良かったという意味では」と答えた。
「そりゃそうだ。頼朝どのは
源頼朝の流刑先は、正確には蛭ヶ小島という、島状の高み、あるいは川の中洲と言われる。
つまりは陸地で、俊寛の鬼海ヶ島のような、絶海の孤島ではなかった。
「何でそこまで差がついたのかが、気になったのでは」
政子がそういって頬に指をあてる。
宗時は、ばかばかしいとため息をついた。
「そんなのお前、
平治の乱の敗者、
だがその子の頼朝は、「喪ったわが子に似ている」と池禅尼が言い出し、その助命を願った。
ここでいう「喪ったわが子」とは、
清盛としては業腹な言い分だったが、池禅尼が断食までして頼朝を救おうとしたため、受け入れることにしたという。
「……そうまでして助命した相手を、絶海の孤島に送れるか? ばかも休み休み言え」
しかも北条家は平家の支流だが、その本拠である伊豆は、摂津源氏・
頼政は平治の乱において義朝と同じ陣営にいたが、最後の最後で清盛に味方し、生き残った源氏だ。
同じ源氏が国主を務める伊豆ならば、という配慮もあろう。
それが、宗時の言い分だった。
「……いやでも、たしか俊寛僧都も源氏ですよね、村上源氏」
ここで、義時が余計なことを言った。
ちなみに、村上源氏とは、村上天皇の子から出た源氏で、清和天皇の子から出た清和源氏とは、またちがう源氏である。
「だから! 池禅尼さまが助命を願ったと言うとろうが! お前は黙ってろ!」
「……ほんとうに、そうかな」
政子は頬にあてた指を離さない。
にらむ宗時と、不安げに見る義時。
んっと目をつむって、政子は語る。
「相国入道清盛さまは、
「おいおい……」
陰険奸譎とは、内面が意地悪で、いつわりの多い、つまりは
仮にも北条家――平家の本家の棟梁に、しかも事実上この国の支配者である清盛相手に、そこまで言ってのけるのは、政子ぐらいであろう。
「……そのようなお方が、そういう、家督争いした相手の母親が願ったからと言うて、助命して、しかも流刑地に気を遣うのでしょうか」
「現実、そうではないか」
宗時は大して気にした風もなく、「もう行く」と立ち上がった。
当主代行として、やることは山積みだ。
政子が流人と触れ合ったと聞いて泡を喰ったが、この様子では愛だの恋だのではなさそうだ。
そう判じた宗時は、あとは義時に任せて、行くことにした。
「……大体、あの流人が京とのやり取りをするのは、見過ごしておけと、親父どのに言われておる」
ひとりごちて、歩き出す。
それを政子が耳ざとく聞いているとは、知らずに。
*
「姉上、どうされたのですか」
「頼朝どのに会いに行く」
「は?」
宗時が出て行ったあと、少しして政子は身支度をした。
「流人としての差について、思いついた。答え合わせがしたい」
すたすたと歩きだす政子。
義時は少し考えたが、ここでついていかないと、かえって兄の疑惑を招くと、おっとり刀で追いかけていった。
*
「帰れ」
頼朝はにべもなかった。
これ以上、見張り役とその姫に近づくと、命が危ういと、臆面もなく言った。
「貴方はわたしの裸を見たじゃないですか」
「…………」
だがそれで引く政子ではない。
うしろに義時がいることをいいことに、そんなことを言って、頼朝の譲歩を引き出した。
「用事を果たしたら、帰れ」
「では言います。流人としての差は、将来、貴方が官人として復帰する目がある、ということですね」
「えっ」
驚きは義時のものだ。
だが義時はすぐに理解した。
将来的な復帰を見越しているのなら、この温暖な伊豆、しかも、源氏ゆかりの鎌倉に近い土地に配流したのにも納得がいく。
それに何より。
「貴方の京とのやり取りは黙認されています。それは、そういうことでは」
「……清盛入道が、どうして私をこんな風に遇したのか、ずっと考えていた」
頼朝は語る。
禍根を断つという意味なら、殺せばいい。
そうしないというのなら、これは何かある。
それを頼朝はずっと考えていた。
「池禅尼が頼んだというのはほんとうだろう。だがそれだけで、あの清盛入道が、甘い真似をするか」
いや、しないだろう。
だから頼朝は考えた。
何しろ、相手は天下人。
やることなすこと、考えに考え抜かれたものであろう。
それを知ることは有益であり、価値がある。
「平家は天下を取った。されどそれは、まだ中途だ。半端だ。平家にあらずんば人にあらずといわれているが、それは虚勢だ。だからこそ、鹿ケ谷の陰謀などが起こる」
頼朝は、なら自分が殺されたらどうなるかを考えた。
かつての源義朝に味方した豪族たちは、落胆するだろう。
もう、自分たちは平家の天下では芽が出ない、と。
だが、頼朝がまだ生きていれば、そこに活路を見出せる。
「清盛入道は、おのれの――平家の支配に
下手に暴発したら、頼朝を殺す。
清盛の無言の脅迫に、豪族たちは沈黙するしかない。
「……そして最後は、平家の適当な姫を
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