第四話
氷霧分遣艦隊が保有するバトルクルーザーは、グリトニル大陸西部の肥沃な荒野を、艇体下部のエアスカートから噴射した空気によって地面から若干浮きながら推進し突き進んでいる。荒野は一面赤い岩肌と、そこかしこに転がる大小の石や岩、そして枯れた木々と白骨死体に包まれ、「荒涼」の一言がこれまでかというくらいに似合う光景が広がっている。そして遠方の北西部の山脈から吹き付ける乾燥した風が軽石を巻き上げる。
遥か彼方には地平線が見える。その地平線はどこまでも無限に広がり、その果てはまるで蜃気楼のように霞んでユラユラと揺れている。「バルディッシュ」と名付けられたこの星系の恒星、いわば"太陽"が地表に一日中ジリジリと照りつけているせいで、気温は異様な程までに高くなっている。
「
「なにをしているの?」とアメリアが声を掛けてきた。背丈はそんなに高くなく、金色の髪を肩の上で切っており、眉毛に被るか被らない程度に綺麗に切り揃えられた前髪からはあどけない青い瞳が覗いている。アレックスは振り向く暇も無く「うおっ!」と咄嗟に変な声を出した。
「なんだ?」
「そろそろふねに戻らない?」
「ああ、そうだな」
よく見て見たら結構童顔なんだな……こいつ。
アレックスはハッチを開閉して、アメリアと共にコクピットへ向かった。先程 “
前方のコンソールには大量の計器やレーダーが並んでいる。どれもアナログ仕様で嫌でも年代を感じさせるものばかりだ。所謂グラスコックピットと言うやつだ。俺は座席の背もたれに背中を押し付けて斜め後ろのシートベルト二つを引っ張ってクロスし、体を固定させる。手前の操縦桿を押し倒し発進させる。
「どうするの?」アメリアが聞いてきた。
「まだ決めていない」アレックスはぶっきらぼうに返した。「お前こそ、ここで何をしているんだ」
「艦長がよんでいた……ねんりょうしげん、回収できたかって……」澄んだ声とは裏腹の棒読み口調が、何とも言えない感じだ。
「ああ、今日はあまり取れなかった。そろそろ場所を変えた方が良いんじゃないか?」
「……わかった、いっておく」
そうこうしているうちにエンジンが回り始めて船体後方のリフトファンと推進用プロペラが「ブォンブォン」と騒々しい音をたてて回りだす。途端手元の無線に通信が入った。
「そちらはどうだ?」アレックスは「感度は良好、あぁ……あと資源の回収はできなかった。すまんな」
「そうか、そりゃあ仕方ない。まさか軍の連中にとられちまったんじゃないだろうな……」無線の向こうの男の声がそう言う。
「今度は必ず取り返す。どんな手段をとってでも…」アレックスは啖呵を切る。
「ああ、頼んだぞ」
そう言って向こうは通信を切った。
「全く、こんな野暮用押し付けやがって人使い荒すぎだっつーの!」
アレックスは背もたれに背中を預けながら、痛む頬を指で抑えつつ愚痴をこぼす。
バトルクルーザーのウェルドックからアルミブリッジが降ろされ、それをつたい艦内に戻る。
アレックスとアメリアは運転席の扉を開けて降りる。
「おい新入り!もちっとちゃんとやってくれねえと困るんだぞ!!」
頭にバンダナを巻いて顎に蕪城髭を生やし、オイルか何かで薄汚れたシャツを身に付け下半身に色褪せたデニムを履き片手に電動マシンガンを携えたドレッドヘアーの男性が口を尖らせる。肌は色黒で、日焼けなどではなく、この大陸では元々多い人種である。
「うるせえな!そっちだって何もしねえで突っ立てっただけだろ!!」
「んだとコラァ?!もう一回言ってみろよ!」
男性は耐えきれなくて思わずアレックスに対して怒鳴り声を上げる。顔が上気し眉間にシワを寄せ、眉と目も吊り上がっている。それを傍から見ていたアメリアは男性の表情に、こわいよ...と呟いて、萎縮する。
「なんだてめえ、喧嘩売ってんのか?アァン!?」
「んだよ、やんのかオラァ!!」
アレックスは男性に逆上し暴言を浴びせかける。周りで見ていたギャラリーがこぞってヒューヒュー!とか始まったぞ―!!とか言って茶化してくる。元々ここは海賊、ならず者の集まりで喧嘩や争いごとに飢えているような連中の溜まり場、いや掃き溜めと言ったほうが的確だろうか、なので、こう言った良くも悪くも、単純な事で盛り上がれるのはアレックスは内心羨ましいとも可哀想とも思っていた。
アレックスは男性の横顔を力を込めて拳で複数回殴打する。そのうちの一発はあたりを間違えて男性の目の下に直撃する。
男性はいってー!!と殴られた目を手で覆いながら叫ぶ。だが痛みが引いたのか再び臨戦態勢に入る。アレックスの腹に
「ふん、どうだ!コノヤロー」
「てめえやるじゃねえか、ゲホッゲホッ!!」
アレックスは腹を蹴られた反動で
「勝敗は俺の勝ちで決まりだな!」
「やるな兄貴!」
「あったりめえよ!」
一連の盛り上がりがピークに達していた時、扉を開けて、右手にナットを持った大柄な男性がやってきた。
「おいお前ら!仕事サボって真っ昼間っから何をしているんだ!?」その男性はギャラリーに向かって言う。「おいアッシュ、特にお前だ!給料天引きにすんぞ!!」
アッシュとか言う、さっき俺をボコボコにしたクソドレッドヘアー野郎は「これはアルフォンソさん!すまなかった、許してくだせえ!」と一瞬で引き下がる。「給料は減らさんでくださいよ!」
「いいや減らす!」
アルフォンソはれっきとして言い張る。
「うおーいマジかよー」
「残念だったなーアッシュ!」
「ちっきしょー」
騒ぎが収まった後、アレックスとアッシュは罰で艦の停泊中にスラスターの整備、点検をやらされていた。愚痴を吐きながらも幸い喧嘩には至らず、お互いに無事仕事を終えた。
アレックスらが
「何やってんすかこれ?」
疑問に思ったアッシュが聞く。
メアリーは顔を向けて「作戦会議だ」と言う。
「なにかやるのか?」とアレックス
「ああ、これから我々の本拠地がある古代遺跡へ向かおうと思うんだ、そこには発掘作業中の戦艦があってだな、その整備期間中に基地周辺を護衛してくれと依頼があったんだ」
「へえなるほど」
「おう、あんたも行くか?」
―古い地図が広げられたテーブルを取り囲む、10人のメンバーの中で一番背が低く、笑顔が印象的な少女が口を開く。その少女は鬣のような短い黒髪に、これまた汚らしい格好をしており、ニッと笑った口には所々欠けた歯が覗く。
「どうせあんたも暇でしょ」
エレノアさんに言われて、頷いておいた。
―まあ、反論できないしね。
「基地は丘陵地帯にある遺跡をくり抜いて作ってある、あたりには昔の戦艦やら兵器がごまんと発掘できる、だがしかしここを知っているのは現状我々だけだ、陸上戦艦とやらの設計図を手に入れれば後は技術屋連中が組み立ててくれるんだがな、基地には戦艦のまだ一部しかないらしい」
「そんでバレたら一巻の終わりってわけだ、前回みたいにいつ偵察機が飛んでくるか分からない、てなわけで、もっかいあんたの腕をお借りしたいんだ」
「あいよ」アレックスはあまり興味なさそうに返した。「でその遺跡は、ここからどのくらいあるんだ?」
肝心なのは距離だ。それまでに燃料が尽きたら話にならない。
「こっから8マイルだ」
「それって燃料持つのか?」
「心配なさんな、きっとでえじょうぶよ!」
アッシュは自信満々だ、本当かよ―。
「面舵いっぱ~い!!全速先進、目標ジシュ・イブレルデ神殿!」
メアリーが席に座り、足を組んでアメリアに指示する。
「了解しました艦長」
アメリアが舵を握り、面舵の方角に回し始める。
ジシュ・イブレルデ神殿は大陸北西部の丘陵地帯にある。何故ここに作ったかと聞く人間がいるかもしれない。一つは偵察ドローンからのカモフラージュの意味合いもあるが、かつて旧連邦軍の造船基地兼格納庫としても使われていた所以もある。見た目は古代文明の神殿そのものだ。民間で構成される当組織が極秘裏に兵器を開発するにはうってつけのロケーションである。
整備長のローザは、部下の男性エンジニアを激しく呵責している。ローザ・ペンデュラムは、金髪のロングヘアー、高身長に赤いマントを羽織るという出で立ちの女性士官だ。
「だから、俺がなにをしたって言うんだよ!証拠はあるのかよ、証拠は!?」
男性は苦し紛れに反論するが、どうやら彼女の耳には届いていないらしい。
「あんたが、仕事ほったらかして、一人カジノに行っていたって村人が言っていたよ。」
グリトニル大陸はかつて巨大な軍事基地と隣接して、軍を相手とした商売で栄えた大小の要塞都市を多数抱えていたが、先の大戦で膨大にあった大小の要塞都市は廃墟と化し、やがて政府により、地図から存在を抹消された。しかし海賊や闇商人などのならず者や犯罪集団の増加とともに次第に治安が悪化した。共和国が周辺国と交わした条約で禁止されていたギャンブルや違法ドラッグの取引も増加している。国境部分の要塞に駐屯する治安部隊も最早この現状を黙認しており、今や完全に治外法権状態である。
言い争いを続けていた二人だが、男性にも思うところがあったのか急にしおらしくなった。
「わーったよ。今回の件は謝るからさぁ、ほら?ね、これでお相子だ」
そこにメアリーが整備場のゲートを開けて入ってくる。
「例の
メアリーが向いた方向には、巨大な戦艦のようなものがある。しかしそれは艦の舳先であり、一部しかない。
「
話しかけられた男性整備員は口ごもる。
「なに?進んでいないって!?」
「そうなんですよ、中々ここらの地盤が固くて発掘作業が難航しておりまして、はい……」
「まあ今すぐにとは言わんが、約束の期限までにはどうにかして間に合わせてくれよ?」
「かしこまりました!」
そう言って男性整備員は持ち場へと戻っていった。
メアリーは溜息をついて、胸ポケットからライターを取り出す。そしてジーンズに仕込んでおいた煙草に火を付け吸い、―クソが とだけ吐き捨てて、煙を吐き出す。
「おーい、何だこれ?」
アレックスはメアリーがいる整備場に走ってきて話しかける。
「おいおい、これ戦艦か?デカイな」
いくら舳先だけとは言え、その大きさは人間の大人三人分より大きい。
「全く、私の機嫌が悪い時に話しかけてくんじゃないよ。ん、これか?これはな、この遺跡に眠っていた
「
「まあ単刀直入に言えばそういう事になる、まあまだご覧の通り艦首の舳先だけだけどな……。一応"設計図"があるんだが、暗号化されていてな、その解読に手間取っている。その上この遺跡には戦艦の半分程しかまだ見つかっていないんだ」
「そりゃあ凄えな、出来上がるのが楽しみだ」
アレックスは興味津々だ。
「それよりアレックス、お前に頼みがあるんだ、整備が一旦区切りがつくまでお前のIGFでこの基地周辺をパトロールしてくれないか?」
「おう、まあいいけど」
「そこはもうちょい潔くしろよ」
エリックに肘で突かれる。
「まあ分かった、報酬はくれるんだな?」
「ああ」
アレックスはメアリーから離れ、エリックと一緒に格納庫へと向かう。
IGFのコクピットのハッチを開けて、リニアシートに飛び乗る。
エリックのIGF―〈スパルタクス〉は、完全陸戦特化型の機体である。頭部をヘルメットのように装甲が覆っており、肩部の前面にショルダーアーマーがある。肩の後方にバズーカ砲が装備されており、腕部にはそれぞれ右腕にリヴォルヴァーカノン、左腕にマシンガンが付随している。脚部全体を覆う装甲は非常に分厚く、踵にランドスピナーのタイヤが付いている。―腰背部にスラスターらしきものは見当たらない。
アレックスは〈アレス・フォール〉、エリックは〈スパルタクス〉に乗り込み、格納庫のカタパルトに機体の足を引っ掛ける。格納庫を上から見渡せる管制室から、ゴーサインが出て、出撃する。遺跡がある洞窟の岩盤が開き、外界の景観が
「アレックス・ローズブレイド、〈アレス・フォール〉出る!」
「エリック・アッテンボロー、〈スパルタクス〉出る!!」
二機同時に外へと飛び出す。
外はほぼ無風だ―、空は青く所々に白い雲がある。
「おい、何かいるか?」
「いや今の所いねーけど」
「だよなあ、このまま何も出てきてくれないと助かるんだけどなー」
二人でそんな会話を交わしている間にレーダーが反応する。
「おい、いい加減にしてくれよ~お前がそんな事言うから連邦軍の連中に見つかっちまったじゃねえかよ」
エリックは口を尖らせる。
敵機は五機程、エリックの〈スパルタクス〉の脚部をランドスピナーから
「早速お出ましか」
「こちらはイシュタリア連合王国陸軍だ、特級戦犯アレックス・ローズブレイド!大人しく我々に投降しなさい!安心しろ、大人しく従えば手荒な真似はしない」
「おいアレックス元少尉!応答しろ!!」
敵機が回線を繋いで男女のパイロットが口を開く。だが若干の磁場フレアの影響で通信にはノイズがかかっている。
「従うもんか!!」とアレックスは啖呵を切り、ミサイルを二発発射する。
しかし敵機の脇腹をかすめる事も出来ず、弾頭は遥か遠くへ流れていく。
「ちぃっ!外した!!」
「どうした!?抵抗する気か、貴様!?」
相手女性パイロット― クロエ・オールコックは声を荒らげる。
「俺はもう連邦の人間じゃない!お前たちに従う義理なんてない!!」
「なっ!?」
「クロエ軍曹、落ち着け!」
「ダリス伍長、とはいえ我々の任務は指名手配犯の探索!」
ダリスと呼ばれた男性パイロットになだめられる。
「繰り返す!こちらはイシュタリア連合王国陸軍だ、特級戦犯アレックス・ローズブレイド!大人しく我々に投降しなさい!大人しく従えば手荒な真似はしない!!」
「断る!!」
「ならば、こちらも力づく!!」
敵機がガトリングガンを撃ってきたので、慌てて躱す。
後方の岩盤に直撃し、表面が砕け散る。
しかし、先方は四足歩行に加え履帯走行だ、ボールジョイント状の回転式ランドスピナーを採用しているこちらと比較して、踏破性能は高くないはずである。
次の瞬間
敵機のランチャーからロケット弾が発射されるのが見えた。
短距離、超中距離それぞれの弾頭が眼前に迫る。
それだけじゃない―。
リヴォルヴァーカノンが火を吹き、ロケット弾の一部共々ショルダーアーマーと胸部に被弾する。
「クソッ、右肩と胸部に被弾しやがった!」
機体の衝撃がコクピットにも振動として伝わってくる。
「どうすんだよ?」
「わかんねえよ!!」
◇
「アレックス達いつ帰ってくるんだ?」
アッシュが退屈そうに、ラジオを聴きながら言う。ラジカセから流れているのは、ここ一体で秘密裏に活動している海賊ラジオである。
「さぁね~?どっかでくたばってんじゃないの??」
格納庫の多脚歩行戦車に寝そべりながら、雑誌を読んでいるエレノアが答える。一年前に連合軍基地から鹵獲した機体で、その名の通り、戦車に亀のごとく四本の脚がついている。脚の先端は突起状になっており不整地での踏破性能は高く、前方の榴弾砲は元より背部に二基のバズーカ砲を携えている。
「探すか?」
「いや、良いでしょ」
そんな中、エレノアの無線機に通信が入ってくる。
舌打ちをして雑誌を放り投げて音量を調節する。
「何よ!」
「たのむ、エレノアさん今すぐ来てくれ!」
「エリック!どうしたのよ!?」
エレノアは驚いた顔をして、アッシュに駆け寄って肩を叩き、彼に戦車に乗るよう促す
ハッチを開閉して、コクピットの椅子に腰掛ける。
機体がグイーンと音を立て起き上がり、脚を伸ばし歩き出す。
格納庫のシャッターがサイレンと共に開く。
「エリック、無事か?今行くぞ」
「どうにか凌いでいる!」
Korps kreuz Rebellion Melevy @coffee_necone
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