熱
◆
「それではフィルス様、講習を全て終えたということで、ルーサットの冒険者ギルドからお渡しするものが御座います」
ある日、フィルスは受付嬢にそんなことを言われて一振りの短刀を手渡された。
簡素なこしらえの、特に何という事もない普通の短刀である。
「これは?」
フィルスが尋ねると受付嬢は言った。
「多用途に使える短刀です。薬草採取につかっても良いですし、魔物の部位を切り取る事につかっても構いません」
新米冒険者は短刀一振り用意するのも困難な者が珍しくはない。
「ありがとうございます」
フィルスは礼をいい、短刀を受け取って荷物入れにしまい込んだ。
「それと、もう一点。依頼については御覧の通り、あの掲示板から依頼票を剥がして受諾するのですが、掲示板の上にいけばいくほど古い依頼票となります」
掲示板は幾重にも重ねられた依頼票で埋め尽くされていた。
木製の枠は使い込まれて艶がなく、無数の釘穴が空いている。
掲示板の上段に貼られた古い依頼票は、黄ばんだ紙に細かな裂け目が入り端がめくれ上がっていた。
そこには「魔物討伐」や「遺失物の捜索」といった定番の依頼だけでなく、依頼者の名もはっきりと書かれていない怪しげな内容も散見される。
掲示板の中央から下段にかけては、比較的新しい紙が目立ち、冒険者たちの手で引き剥がされた痕跡が生々しい。
紙にはしわが寄り、何度も目を通されたことを示すかのように角が折れているものもあった。
「たとえ簡単に見える依頼でも、上の方の依頼は最初の内はやめておいたほうがいいでしょう。何らかの事情があって達成されていないということですから」
"何らかの事情"が不穏なものである可能性も高い。
「……はい、助言ありがとうございます」
フィルスは素直に礼を言った。
「いえ、新人講習を満了した人には全員教えていますから」
──それってつまり……
フィルスは内心で、ギルドの厳しさを知った思いだった。
「我々も見込みのある者には"贔屓"はします。受けても受けなくても良い新人講習を進んで受け、そして満了する者は、見込みがあると見做しております」
ギルドは表向きは冒険者を平等に扱うことを謳いながらも、その実、細やかな観察を怠らず、冒険者たちを選別している。
自ら進んで学び、何が必要で何が危険かを察知しようとする者を見つけたとき、ギルドは彼らに対して密かな支援を惜しまない。
「そう、ですか……ありがとうございます。頑張ります」
フィルスは再び礼をいってその場を立ち去っていった。
だが胸の中には僅かなひっかかりがあった。
◆
「まあ、痛くなければ人は覚えませぬから」
宿に帰ったフィルスがゲドスへギルドであった事を報告すると、ゲドスはそんな事を言った。
「どういうこと?」
「要するに、馬鹿で考えなしの者が危険な依頼に手を出して死んだするでしょう? すると残された者は当然より気を付けようと気を引き締めるわけですな」
ゲドスのいい様は冷たい。
──何だかそういうの嫌だな
あからさまに不満そうな様子のフィルス。
それを見たゲドスは苦笑しながら言った。
「気持ちは分からないでもないです。儂も神に仕える身ですからな、可能な限り多くの者を導いてやりたいという思いはあります。しかしなかなかそうもいかないのか現実でしてな」
フィルスは答えない。
別にゲドスに対してむかっ腹を立てているわけではない。
誰かが犠牲にならなくてはならないこの世の中の仕組みにどこか納得がいかない部分があるのだ。
そんなものは是正しようもないし、怒っても悲しんでも仕方がない事ではあるとフィルス自身も分かってはいるのだが。
するとゲドスは「まずは自分、そして次に大切な者たち、その次に周囲の者たちへと少しずつ広げていく事ですな」などと言う。
「この大地が創世されて、これまで。世の中の仕組みを変えようとしたものは何人もおりました。大概は失敗ばかりしていたのですがな、うまくやった者もいる。例えば最初の勇者です。魔族という侵略者、その王の中の王たる者へ立ち向かった者──両者は相打って、その大きな力の残滓が世界中へ散り、それが現在の魔王たちや勇者たちの力の種となったとか。まあその最初の勇者は、戦うだけではなく色々とやったのですよ。例えば獣人やら鬼人やらと人間の種族の垣根をとっぱらったりね。それまでは多くの国々で人ならざる者は苛烈な迫害と差別に遭っていたそうです」
結局のところは力なのですよ、とゲドスは言う。
「だからね、腐らず、不貞腐れず、少しずつ力をつけていくことです。さすればあるいはフィルス殿が理不尽だと感じる事──弱き者を糧とするような事もなくして行けるかもしれませぬ」
「そう……だね、うん。僕頑張って強くなる。とにかく今は魔王を倒せるように、皆の仇を討てるように力をつけていかないとね」
胸のつっかえが少しほどけ、ふわりと笑みを浮かべたフィルスだったが──
ゲドスの先ほどまでの優しいおじさん風の笑みが、いつのまにか変態おじさん風の笑みに変わっているのを見てぎくりとした。
「ちょ、今そういう雰囲気じゃ……ん、んむっ……あむっ……はぁっ……」
強引なキスにフィルスはむせ、ゲドスを睨む。
「今、そういう事をする空気じゃないでしょ!」
フィルスは言うが、ゲドスはそれを鼻で嗤った。
「ならどうして女性体に? 以前、女の体は夜冷え込んで眠れないとボヤいてたではありませんか」
「そ、それは……」
「儂がこうするのを見越して、あらかじめ女へと成っていたからではないのですかな」
ゲドスが言うと、フィルスはやや俯いて──
「別に……そういうわけじゃないけど。それにゲドスはシェルミさんがいるじゃん。あの人はとても綺麗だしさ、別に無理して僕を……」
フィルスがそう言った所でゲドスは彼女の後ろへと回り、おもむろに手を胸へと差し入れ、指と指の間に正確にフィルスの乳首を挟み込む。
心眼である。
ゲドス程の男になると、もはや直視しなくとも女体の乳首の位置が分かるのだ。
そしてそれを指先で転がす事も忘れない。
「はぁっ……もう、やめてよ……」
フィルスは男の体では感じられない甘い痺れを下腹部に感じていた。
だがゲドスはやめようとはしない。
「……んっ! あっ……だめっ……」
次第に声が艶を帯びていく。
「駄目とか嫌とか、本当はこうされたいんでしょう? 勇者殿」
耳元で囁くように言うゲドスの声に、フィルスはぶるりと体を震わせた。
そしてそのままその場にへたり込みそうになるところを、すかさずゲドスに支えられた。
そして再び口づけされる。
今度は優しく舌を絡ませあうような接吻だった。
唇が離れる頃には、フィルスの息はすっかり上がっていた。
「儂はね、別にシェルミ殿がいるから貴殿の事はどうでもいいなどとは考えておりませんよ。勇者殿には勇者殿の良さがありますからな、なんというか、そう、ここまでされてもなお自分は男だと言い張る負けん気だとかがもうたまりませぬ。見た目も好みですな、愛らしさと凛々しさが同居しております。とても魅力的だと、そう思っておりますぞ」
ゲドスの言葉は真に迫っており、フィルスも不本意ながら照れを隠せない。
ぼんやりとゲドスを見るフィルスは混乱の最中にいた。
色々な意味での優しさと手荒さを交互に繰り返され、精神は乱れに乱れ切っている。
こんな時のフィルスは、自分は男だと言う常の思いが曖昧になってしまう。
──僕は、男なのに……
そんな思いを打ち消すような、熱。
下腹部に宿り、燃え上る色の炎が更に勢いを増し──
「勇者殿、儂にとって一番大切なのは勇者殿ですよ」
そんな言葉で、炎の熱量が極点に達し。
「来て、ゲドス」
──僕は、男だ
この思いを忘れてはいない。
いないが、この夜は敢えて聞こえないふりをしたフィルスであった。
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チューしかしてないからセーフだよなぁ!?
TS勇者のフクザツな冒険事情~僕は男なのに!神の奇跡で女へ変わる事が出来るせいで、悪そうな魔術師に目をつけられました~ 埴輪庭(はにわば) @takinogawa03
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