ゲドスの下心

 ◆


 この日は講習もなく、ゲドスはフィルスを連れてシェルミの店に来ていた。


 ・

 ・


がお前の勇者ですか、ゲドス」


 シェルミが色の無い目でフィルス♀を見る。


 冷たいというか透徹としたシェルミの視線に晒され、フィルスは居心地悪そうに目を逸らす。


「あのローレンツなどとは比較にもならない立派な勇者殿ですぞ。まあまだまだ発展途上ではありますがな」


 ゲドスがちらとフィルスの胸を見ながら言った。


「お前は慎ましい胸が好きなのでは」


 シェルミの言に、ゲドスは苦笑するばかりだ。


 だがこの妙な心の通じ合う様子に、フィルスとしては疑問を禁じ得ない。


「あれ? ゲドスはええと、シェルミさんと知り合いだったりするの?」


 フィルスが尋ねると、ゲドスの代わりにシェルミが答えた。


「そうです。私はゲドスに心を救われました。でも詳しい事を話すほどお前と親しいわけではありません。詳しくはゲドスに聞くといいでしょう」


 この妙なとっつきにくさは森人の特徴である。


 会話を以てコミュニケーションを取るという文化が余り一般的ではないのだ。


 彼らは魔力を絡み合わせ、その色、感覚でふんわりとしたコミュニケーションを取る。


 ゆえに氷気ひょうきが強いシェルミは、一族の者たちから疎まれる事になった。


 この辺の事は事前にフィルスも注意点として告げられていたため、特に気を害する事なく頷いた。


「しかしなぜ、私に紹介しようとおもったのですか」


 シェルミの問いは最もだ。


 ゲドスとシェルミ、ゲドスとフィルスにはそれぞれ強固な人間関係が築かれているが、シェルミとフィルスには何の関係もない。


 いやあね、とゲドスは事情を説明する。


 "人犬" の事、エリオの事、そして勇者として未熟なフィルスを今後も魔王軍の刺客が狙ってくるであろう事。


 それらを聞いたシェルミはその芸術的なまでに美しい曲線の小首をかしげ、「それが私と何の関係があるのです?」と言った。


「恐らくなのですが、儂も連中の標的と見做されている以上……」


 ゲドスがそこまで言うと、シェルミはようやく合点がいったようで、ああと頷く。


「その刺客とやらが私の身を害そうとしてくる可能性もあるということですか。やっとわかりました。私の身を気遣ってくれてるのですね」


 そう言ってシェルミは花開く様な笑顔で微笑み、ゲドスに身を寄せた。


 ◇◇◇


 僕は自分でもよく分からないままにとした。


 森人のシェルミさんはとても綺麗な人で、肌なんて雪かと思うほど白い。


 昔、森人のお姫様を巡って国が幾つも滅んだなんて話を聞いた事があるけれど、それも納得出来る──それくらい綺麗な人だった。


 でもだからってゲドスは少しだらしがないと思う。


 なんであんなにデレデレしてるんだろう? 


 あ! 


 シェルミさんのお尻を揉んでる!!! 


 シェルミさんもシェルミさんで、ゲドスにあんな風にお尻を揉まれているのになんで笑ってるの!? 


 二人とも全然よくわかんない! 


 でも一番わかんないのは僕なんだよなあ……


 ・

 ・

 ・


 ◆


「それで、ゲドス。この娘にも手を出したのですか?」


 シェルミが言うが、ゲドスは答えない。


 ただにたりと笑うのみだ。


 言葉は無いが、それは千語を連ねるよりも雄弁にものを語っている。


「……でしょうね、この娘からお前の匂いがします」


 シェルミはフィルスに近づき、首元へ顔を寄せてスンと匂いを嗅いだ。


 堪らないのはフィルスだ。


「え、え!? 僕からゲドスの? そ、そんなぁ……」


 ショックを受けるフィルスを見て、ゲドスが釈然としないような表情を浮かべた。


「そんなに嫌がる事もないでしょうに……」


 ゲドスが言うと、シェルミがきょとんとした顔をしてフィルスを見て言う。


「そうです、なぜ嫌がるのです? お前からは月の匂いがします。それはゲドスの魔力の匂いでしょう。随分と注がれている様です」


「そ、注がれているって……。って、魔力にも匂いがあるんですか?」


 フィルスが問うとシェルミは頷く。


「ありますよ。物の匂いとは少し違いますが。でもお前自身の魔力からは不思議とそういうものを感じる事はできませんね……無色、無臭。随分と個性がない、しかし珍しい魔力を持っている様です」


 褒められているのか貶されているのか分からない様な事を言われて、フィルスは苦笑いを浮かべる事しか出来なかった。


 ◆


 三人はそれから他愛もない世間話をして、ややあってゲドスがシェルミに言う。


「巷では魔王軍とは悪のなんぞやで正義の心さえあればなんちゃらなどと言う者もおりますがな、魔族とはあくまで魔族という種の生物に過ぎず、人類種と生存圏を削り合っている現状は、人と人が相争うのと大差が無い──と儂は見ております。ゆえに人間がするような策略を用いてくるのも当然なんですな、そう、例えば暗殺やらなにやらね」


「勇者を狙うというのもその策略の一環ですか」


 シェルミの言葉にゲドスは頷く。


「敵国の将級が未熟な内に狩り取る事が出来れば、これはもうお得と言わざるを得ませんからな。思うに、フィルス殿をエリオとやらが狙ったのは、そもそもエリオはローレンツを殺す為に潜伏していたという事も考えられます。しかしローレンツは上級冒険者として知られる手練れ。これを暗殺するよりはフィルス殿を狙う方が楽でしょうからな。フィルス殿の容姿は既にあちら側へ流れているでしょうし」


 フィルスは納得し、自分が思ったより良くない状況にある事をまざまざと理解した。


 ふ、と恐怖の様なものが心へ忍び寄ってくる。


 するとゲドスが敏感にそれを察知し、フィルスの頭へ手を置いて髪を撫でるようにして手櫛で梳いた。


「恐れる事はありません、儂がしっかりお守りいたしますゆえ。まあそれに、直ぐに儂の守りなど不要なほどにフィルス殿は使様になるでしょう。魔王を倒す事も夢物語ではありません」


 ゲドスはそう言うが、ゲドスの故国、ホラズム王国を滅ぼした魔王とフィルスの村を滅ぼした魔族を率いる者──魔王は別人だ。


 人間で言う勇者の様な存在が魔王……勇者が複数存在するなら魔王もまた複数存在する。


 そして、ゲドスの仇をフィルスが討つ理由は無い。


 だがゲドスはその辺の事を敢えてフィルスには語らなかった。


 この時のゲドスの魔力に、何か黒いものが混ざっている事をシェルミは察知したが──


「…………」


 彼女もまたフィルスに忠告をする義理は無かった。

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