黄金林檎の落つる頃
卯月
不和の林檎
「ギリシャ神話の『不和の林檎』って知ってる?」
宇宙コロニーT-5に最も近い宇宙軍基地へと向かうシャトル内で、彼女は言った。
「……確か、トロイア戦争の発端でしたか?」
「そう。争いの女神エリスが、『最も美しい女神へ』と書いた黄金の林檎を、神々の宴席に投げ入れたの。その林檎を受け取る女神は誰か、で揉めて、どうすべきかゼウスに尋ねる。ゼウスは、トロイア王の息子パリスに判定させよ、と言った」
乗客は彼女と、部下の私だけだ。周囲には他に誰もいない。
シャトルの外壁の向こうには、さらに何もない真空が広がっている。
「ヘラ、アテナ、アフロディーテの三神がそれぞれ、自分を選んだらこれを与えよう、とパリスに持ちかける。
アフロディーテが与えると約束した美女ヘレネーは、そのとき既にスパルタ王妃だった。パリスが彼女を誘拐してトロイアに連れ帰ったことで、トロイアとスパルタの間に戦争勃発。最終的に、トロイアは滅んだってわけ。
あ、見えてきたわ」
冗舌に語る上官が、窓の外を見て声を上げた。彼女が立案し実行指示した作戦だが、我々が実際にT-5を見るのは、これが初めてだ。
ふと、訊いてみたくなった。
「つまり貴女は、『黄金の林檎を投げ入れただけだ』、と?」
我が軍に敵対的なコロニーT-5に工作員を送り込み、酸素供給プラントへの爆破テロを繰り返す。
若干の供給能力低下は事実。しかし、まだ決して致命的ではない。
だがそこに、今の人口規模では全員の生存維持は不可能、との怪情報を流して、住民の不安を煽った。
コロニー外壁の向こうは、何もない真空。
酸素と言う、限られたパイの奪い合いだ。
T-5を見ていた上官が振り向いて、薄く笑った。
「勿論、そうなることを狙った作戦よ?
だけど、脱出ではなく最終的に殺し合いを選んだのは、彼ら自身だわ」
住民の暴動により人口が激減、無秩序状態となったコロニーへ。
我が軍はこれから、戦果という果実を、収穫しに行く。
〈了〉
黄金林檎の落つる頃 卯月 @auduki
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