第一章 風をおこすモノ
〈1〉
『風が笑えば病に倒れ、もう一度笑えば土の中。さらに笑えば井戸から顔が溢れ出す』
〈 1 〉
繰り返していくうちに擦り減っていく記憶。風に削られて風化していくみたいに、本来あった姿は徐々に形を変えていく。
複数の絵を連続させてさせて成り立っていた映像は一枚一枚と消失の風に飛ばされて消えていく。それでも私は、目を
何回やっても覚えていたはずのワンシーンが再生出来ない。そのせいでストーリーは前後が繋がらず破綻する。
そして消失は止まらない。
消失から夢の内容を守ろうとしたのだけれど、消えていく力が強くて、次々と吹き飛ばされていく。一枚の絵だけを大事に抱え込んで、これだけばなんとか守り抜こうとして、消失の風が止むのをひたすら待っていたのに。
残った一枚の絵ですら真っ白に塗りつぶされて、元がどうなっていたのか分からない。こんな状態のものを復元するにはもう手遅れ。
ただ夜見ていた夢を忘れてしまった、それだけのことなのに、気にも留めずにどうでもいいことだとさっさと流して忘れてしまえばいいことなのに、私の場合は違う。
そのことによる焦りが、もう無理だと分かっている寝てしまえという正論を上回る。白い絵の本当の姿を見つけ出し、夢の内容を無理矢理にでもを思い出させようとしている。
忘れたから探して、見つからないから焦って、探す理由すら理解できずに苦しむ。無理だと分かっているはずなのに。だけど、失った事実が許せない。
池に大切な何かを落としてしまった人が、拾い上げる方法を何も思いつかず、その池の周りをぐるぐる歩き続けている。馬鹿みたいだけど今の私はそんな状況なのだろう。
この行為に意味はない。
なのに落ち着かない心でも、焦りから冷静さを失って考えが纏まらない頭でも、抜け落ちた夢の内容を探し出さなければいけない。
そう、『しなければいけない』だがら私は焦っている。
手掛かりすらない……。それでも……。
義務? 仕事? 重圧? 使命感? 願望? 命令? 焦り? 困惑? 不安? 苦痛? 絶望? 覚悟? 証?
**
時間だけが経過していく。時が経つにつれ、苦しみや焦りが弱まったのか慣れてきたのか分からないけど、落ち着きを少し取り戻せた。それにより分かったことがある。
――この空間はとても静かで暗い。
周りを見る余裕すら先程まで無かったのだ。
その真っ暗な部屋の中で、ほんの微かな青白い明かりが宙にぼんやりと浮かんでいる。それが何の光かなんて分からない。突き詰めようなんて思わないけど、でも目に映った。見たくて見た訳じゃないのだけど。
たぶん見えているものが何も見えていなかった。
それは目に映っていないとか、暗いからとかではなくて、ただ焦りからの葛藤に目が行き過ぎて、ただ
目に入った情報を情報として扱わずに流して棄てているように、通過しては消えていく。
混乱した頭では不必要な情報は無いものとして扱うから、一点集中に入りすぎると私はその場の環境に
もしかしたら空見かもしれない。今も夢の中の一部分なのかもしれない。
現実とは違う別の世界?
ああ、でも理解しきれない不安による圧力が、まだのしかかってくるのがとても苦しくて辛い。
苦しみの原因は夢を忘れて思い出せないこと。
時間を気にしていないはずなのに、時計の進む針の音に苛々している。ぐちゃぐちゃな整理されていない頭の中で、余計なことを考える。考えさせられている? 考えたというよりぐるぐる回っている気分。ああ、分からない。何とかしたいのに何も出来ずにいる。
塗りつぶされた本当の絵はどういうものだったのか? 何が? 何を? なんの為に?
なんの為にが一番分からない。
分からないものを探さないといけない不透明な目的理由。出てこないのは仕方のないことで、思い出せないものは思い出せない。
でも、諦めがつかない。ハテナな義務感が私を掴んで離さない。命令に従おうとする自由を奪われた奴隷みたいに。
私はこのままでいるしかないのか? 安眠は諦めるしかないのか? 他の夢では駄目?
どうすれば良い?
どうすればいいの?
……。
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