第6話

 マカリオス第三王子。社交界であまり話題に上がらないが、王家としてお仕えする人材も存在そのものも確認はされている謎の多い王子。

 第一王子は王太子であり、第二王子は国王である兄を支える為隣国の姫を迎えるなど外交面で活躍しているが、社交界にあまり顔を出さない第三王子と第四王子。そんな認識だ。

 その第三王子殿下がリオスだったとは、知らなかった分からなかったとは言え、不敬そのものだろう。


「謝らないでアルテア。僕は望んでこの魔導具を製作したんだし、それが正しいんだ。僕自身は変わらないしね」


 光の屈折、認識の阻害、防御魔法……それ以外にも魔法が組み込まれたサングラス型の魔導具を前に彼はそう言った。

 僕達は、王家の控室となっている部屋の一室に通されていた。そこにはイオンや義両親もおり、義両親は第三王子の護衛騎士に先んじて通されていたらしい。その後でイオンが探している事を知ったリオス──第三王子殿下が僕達を迎えに行った、という事だ。


「だから、今はリオスって呼んで。家族が僕を呼ぶ時の愛称と変わらないし」

「そういう訳にはいかない。何かあるんだろうこれから──であれば、私は臣下として話を聞きましょう」


 にこ、と笑って返してやると彼は眉を下げて息を吐いた。


「アルテア、その。騙してたのは本当に悪いと思ってる。から、いつも通りでいて欲しいな……言い訳くらいはさせて欲しいんだ」

「私が怒っているとおっしゃいますか」

「……怒ってるでしょ」


 怒るも何も、人間隠し事のひとつやふたつ普通だろうに、と思いながら目を閉じて。

 少しだけ吐き出すように言葉を紡いだ。


「隠し事くらい生きていて少なからずあるでしょう。ただ、重要な事を教わる程度の仲ではなかったのだと自覚したのです」


 教えてくれたら良かったのに、とは言わない。

 彼が防御魔法を魔導具に組み込む程度にはその命を奪う相手が少なからずいる可能性を示唆している。なのに安易に正体を明かすようなマネをするのはバカとしか言いようがない。それは、分かっている。


 ただ。

 あの結婚の話が──全く分からなかった。


 結婚の話を持ち込むという事は、それなりに政略的なものの可能性だってあった。ならばあんな場所ではなく、別の場所に移ってその話の内容を説明したいだとか、日を改めるとか、僕を引き止める事は出来たはずだ。


「そう、だね」


 目を開けると、僕より傷付いたような顔をした「彼」がいた。

 赤みを帯びた紫の瞳は高貴さを感じさせる前にどこか寂しそうな──それこそ迷子のような孤独を感じさせる。

 そうさせてしまった罪悪感のようなものが胸に去来して、僕はなんと返すべきか迷っていた時、お義父上が僕の肩にそっと触れた。


「畏れながら、第三王子殿下。アルテアは我が子爵家の娘です。成人している娘の交友関係はもちろん私とは別のものと考えていますが、娘を傷付けるというのなら話は違います」

「子爵、もちろんそのつもりはない。それこそ──この王子位はいずれ捨てるものだ、なんて軽々しく口に出来るものではないだろ?」


 その言葉に、全員固まってしまったのは言うまでもない。悠々と動いているのはそれを言った本人と、やれやれと部屋に入って来た人達だけだった。


「マカリオス。それはまだの話だろう」

「──お、王国の太陽と月にご挨拶申し上げます」


 そう言うお義父上を筆頭に僕達は立ち上がり、礼を取った。

 部屋に入って来たのは王国の太陽と月、つまり国王陛下と妃殿下に他ならない。その国王陛下が片手を挙げて座るよう促すので、国王夫妻が座るのを見計らって僕達も座った。

 なお、唯一挨拶をしなかったのは目の前の第三王子殿下だ。待ってたよ、なんて言ってさえいた。


「まったく、その魔導具で騒ぎは起こさぬと約束していたのはどこの誰だったのか」

「だから先んじてごめんなさいって言ったよ僕は。それに、もう隠したくなかったから」

「お前の為を思ってだな……いや。もう過ぎた話だ、これ以上はやめておこう」

「そうですよふたりとも。ごめんなさいね、すっかり私生活丸出しにしてしまって。でもこれくらい気楽でいてくれると助かるわ、ねぇアルテア?」


 にっこりと笑う妃殿下に、なんと返すべきか微妙な気持ちになる。というのも、僕が作った薬が妃殿下を救ったらしく、秘密裏にお礼をしたいからと「お茶を飲む」という口実のもと呼び出された事があるからだ。

 無難に返しておこう。


「いつも魔法薬をご利用し、我々にお心を砕いていただき、ありがとうございます」

「あら、はぐらかされちゃったわ。今度、スイーツポテトのタルト用意するから、その時は子爵夫人とかわいい義妹ちゃんといらしてね」


 なるべく無表情に、はい、とだけ伝えた。

 スイーツポテトは紫の皮の芋だ。これを加熱すると中身が柔らかく甘くなる。僕の幼い頃からの好物だ。なお、同じくアップレという赤い皮の果実が好物なのも把握されているだろう。どこから漏れたか? は言わない。後が面倒だからな。

 おもむろに、国王陛下が咳払いしたのでそちらを見た。


「雑談はこの辺りに。我々も時間があまりないからな……時に、子爵。アルテア嬢は婚約などはしていなかったと記憶しているが確かか?」

「はい、一時はそのような話もあったのですが……お相手が誰なのか私にも知らされておりません。兄が当主だった頃でしたから深く関わっておりませんし。ただ、兄から「婚約には至らなそうだ」と聞いてはいました。兄夫婦が亡くなった際にアルテアの婚約に関する書類を改めましたが婚約に関するものは無く、聖神教に問い合わせても「無い」という回答でした」


 思わず、視線が下がる。

 ──ルカの話だと、分かったから。


「彼は、両親が病に倒れるひと月ほど前に、王都へ向かったきり……帰っては来ませんでした」


 あの頃は第二王子の母親である側妃殿下の生家である公爵家が妃殿下の子である第一王子と第三王子の暗殺計画を企てていたとして、流行り病に上乗せで国が荒れている時期だった。

 人が行方不明になっても、おかしくはない。僕はそう言い聞かせてはいた。それでも、忘れられなかったのは、好意を持っていた以外の理由はない。


「ねぇ、陛下。やはり、あの時の私達の判断は早急過ぎたのよ」

「……認めざるを得ないな」


 国王夫妻がそう話し始めるが、会話の脈略が上手く掴めない。いや、掴めそうだが、何かが阻んでいるような……気分が悪い。

 そんな時、名前を呼ばれた。


「アルテア。少し、ふたりで話そうか」


 そう笑う「リオス」が、少しだけ悲しげに見えた。

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冷徹な魔女の僕は幸せな結婚を望んでいない ろくまる @690_aqua

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