第5話
──はっきり言って、くだらない夜会だと思う。
「アルテア義姉さん、顔。眉間にシワ寄ってて怖いよ」
「ソフィアと僕をコソコソと見ている視線が不快なだけだ」
「承知の上だって言ってたよね?」
「承知しても不快なものは不快だろう」
[お義姉様、王家の皆様にご挨拶したらすぐ帰るってお父様達言ってましたよね]
「はぁ……やはり長居する場所ではないな、ここは」
華美過ぎるドレス。化粧品と香水の濃い匂い。下卑た視線に耳障りの悪い会話。そういった人間が僕とソフィアを見ているのが気持ち悪い。しかも僕らより爵位が上の貴族だからタチが悪い。
……本物の馬鹿は自分を馬鹿だと認めない。付き合ってやるかこっちに来ないよう祈るだけしかない。
が、その祈りは届かなかった。
「──おっそいデビュタントと少女趣味の嫁ぎ遅れ。冷徹な魔女なんて呼ばれたら、結婚も出来ないんでしょうけど!」
「まぁまぁ、ちゃんとお名前お聞きしなくっちゃ。私達が許可してあげますから、ほら、お名前をどうぞ?」
咄嗟にイオンに目配せしてお義父上達を呼びに行かせる。こういう時のイオンの行動は早いので安心だ。
僕とソフィアは椅子に座ったままの為、くつくつと扇子の内側で笑う年若い令嬢達に見下げられている。デビュタントしたてなのはそちらもだろう、とは思いながら冷静かつはっきりとした大きな声量で令嬢らしい言葉を使った。
「──なるほど、貴女方は王族に名を連ねるご予定がおありなのでしょうか? 我々がどのような爵位であるか把握し、名乗る権利をお与えになるというのは、我々より爵位が上であるお方であると考えますが。仮に伯爵位相当の肩書を持っている相手である場合、同じ伯爵位かそれ以上でなければ、この世界ではお笑いものであると分かっていての事でしょう。ですがそれすらも許されるお方であるのなら、王家に他ならない。しかし王家の皆様のご入場はまだのはず。であれば、名を連ねるご予定がある婚約者に内定しているお方に他ならないでしょう。それはそれは大変申し訳ございませんでした」
要約すると、
君達は僕達を馬鹿にしていると見えるが一応僕個人は伯爵位相当の肩書を持っている。もし君達が伯爵以下の侯爵・子爵・男爵などなら僕に対して不敬であるし、知っていて名乗らせるのなら今後の社交界で笑いものになるぞ。それとも僕が知らないだけで誰かの王子の婚約者に裏で内定しているのか? それなら謝るが、違うのならその振る舞いはただでは済まされないな。
という訳だ。
後ろに別の家が付いていたとしたらこんな事は言わせない。王家に対して叛逆の意思ありと思われても仕方ない行動だからな。もし別な家が言わせていたらそれはそれでただの馬鹿だ、粛清されても自業自得だろう。
ただ、こんな応酬をした事のある令嬢達では無さそうだ、とは思うが。それでも僕は懇切丁寧な話し方ではあったと自負はする。
「っな、なにをペラペラと……っ! 子爵位の嫁ぎ遅れオバさんと無口な出来損ない女でしょう! ただ大人しく名乗れば良いだけよ!」
「名乗るのは簡単ですが、各貴族の家系図程でなくとも今社交界に居る方々や名が挙がる方の爵位や肩書は頭に入れていらっしゃるのですね? それとこのような場でそうおっしゃるのなら相応にこちらも名誉毀損として動きますが」
「ふん。名乗るのは簡単なんでしょう? なら名乗るだけになさいな!」
ほら、話が通じない。
さてどうしたものか。周りは王家が来るまでの余興だと言わんばかりに静観したりニヤついている人間が多いし、イオンは義父母をまだ捕まえられないようだ。
このままいつもの口調で「ならばもう話す事はない」と突き放して黙ってあげた方が相手のためだが、僕の手を握るソフィアの手が震えている。人間が激しく騒ぎ立てる姿が恐ろしいのか、別の何かで怒っているのか。
とにかく、ソフィアを連れて行く事は難しそうだ。
(最悪、僕がソフィアを庇えば良いだけではあるが)
こういった手合いはくだらないが厄介極まりない。自分達がこうと決めた事が成し遂げられなければ気が済まないのだから。
言いたいだけ言わせるしかないか、と考えていた時だった。
「──アルテア、やっと見つけた。今日の君は特別輝いてるね」
背後からのその声には覚えがあった。
首だけ向けると、白の礼服に身を包んだ見知ったサングラスの男がいる。
「リオス? 何故君が」
「うーん、それは僕も覚悟を決めたからってヤツかな。そういう事で、彼女達は借りていくよ」
そう言いながらリオスがサングラスを外す。
すると、彼の淡い金色の髪が彩りの濃い眩い金色になり、サングラスに隠されていた瞳が露わになる。
その瞳は──王家の血が濃い者にしかない赤みを帯びた紫の色をしていた。
「──ま、マカリオス第三王子殿下!」
僕達を見下していた令嬢のどちらかの悲鳴に近い言葉が響く。周りも、何故第三王子殿下が突然、と騒然だ。
かく言う僕も、防衛魔法が仕込まれているだけと説明されたサングラスを掛けた彼を何故王子と見抜けなかったのかさっぱり分からなかった。
恐らく認識を歪めるような魔法が仕込まれているのかもしれないがそれを気取られないように出来るものなのだろうか、いやそもそも認知を歪めるなんて古代の、それこそ王家が保有する魔導書にあるかどうかの魔法でありそれを魔導具に落とし込める事が可能なのだろうか。常に発動するのかどうかは分からないがこれが一般化したらとんでもない代物である事は容易に想像出来るし、何故その保有を彼が許されているのか──、
「あー……ごめんねアルテア、諸々の説明は後でするから。今は義妹ちゃんと一緒に来て」
そう、目の前の男は困ったように笑った。
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