第4話

 夜会の賑やかしである楽団の一員らしき集団の中で、ソフィアと同い年か少し上くらいの、淡いミルクティーのような髪色の青年がいる。その彼と知り合いのようだ。


「イオン、彼は?」

「彼? ……あ、ニコ! ほらソフィア姉さんがカフェで」

「ああ、あのニコか」


 ちょうど1年くらい前。辺境伯領の主要都市に叔母様とイオンとソフィアが滞在していた時の事。

 叔母様とイオンは別の都合が入ってしまい、だからと言ってせっかくカリオペが当時開店したばかりの話題のカフェを気を利かせて予約を取ってくれたのに取り消すのは申し訳ない、とソフィアは子爵家の侍女と辺境伯家から護衛を借りて向かった。

 もちろんカフェの店員や店長の対応は良かった。だが、その時にいた客が悪かった。

 代金を支払う侍女と馬車の手配に護衛が向かい、少しの間だからと店員がソフィアの側にいたのだが──貴族を良く思わない客が、ソフィアに突っかかった。咄嗟の事で店員もソフィアを庇えず、そのソフィアは殴られかけた、その時。

 ソフィアを助けたのが、その「ニコ」と名乗る青年だった。

 ニコは、貴族はもちろん王家、果ては隣国まで素晴らしい音楽を届ける一流の楽団の奏者のひとりだ。ソフィアのふたつ上と若いながらもその実力で入団しているし、日々その腕を磨いているとソフィアが熱く語っていた。

 子爵家では研究ばかりの僕以外がニコと会っており、ニコも隣国に行ったりと忙しいので間が悪かった、のだろう。

 そんな事を考えていると、そのニコがこちらに気付いた。瞬間、ソフィアにくいくいと手を引かれたのでそちらを見る。


『お義姉様、ご挨拶に行っても?』


 魔道具を使う時間すら惜しいらしいソフィアが、僕におねだりしていた。


「──ああ、僕はまだ彼にご挨拶もお礼も言っていないからな。ソフィアが紹介してくれるか?」

『もちろんです! ニコもいつか会いたいと言ってましたから』


 先程よりも少し子供らしい笑顔のソフィアに僕も思わずつられてしまう。

 親友に話しかけられたイオンを置いて、ソフィアに連れられて楽団の人達に見られながらも、ニコらしい青年に声をかけた。


「すまない、君がニコで合っているだろうか」


 すると彼は軽く返事をしながら振り向いた。

 淡いピンクにも見える不思議な瞳は人が良さそうであり、綺麗というよりは人好きのしそうな柔らかな──可愛らしい中性的な青年といった風貌だ。


「──ソフィア! と、その……?」

「義理の姉のアルテアだ。君の話は義妹と義弟からよく聞いているよ」

「お義姉さんって……確か「薬師の聖女」……?」


 なんだそのロマンチストが朗々と語りそうな名前は。初耳だ。特に聖女とは何とも罰当たりな。

 確かに国の宗教である聖神教に薬を提供こそしたが、そんな大業を成した覚えもない。故に神に愛される聖人の称号を与えられた覚えもない。勝手に名乗るのも教会に喧嘩を売るようなマネだしな。

 しかし僕は「冷徹な魔女」だ。聞き間違えているのかもしれない。


「そんな畏れ多い名前を頂いた覚えはない。冷徹な魔女と聞き間違えたのなら、内密にしておこう」

[お義姉様は聖女様ですよ]

「ソフィア、僕の仕事相手に教会関係者がいるからと言ってそんな名前を冠したらあちらに喧嘩を売っているようなものだ。身内の戯言で済む場所のみにしなさい」

「あはは、お義姉さんって面白い方ですね? そのお薬で何人の人を救っているか教えてもらわないんです?」

「さぁ。僕の方から人数は聞かない事にしているんだ。薬効がうまく作用しているかどうか聞き、改良の余地があればそうしている。そうでなければ、その情報で慢心してしまいそうだからな」


 この薬で何人救われたという情報は僕にとっての障害になる。

 だって、効いて欲しい相手に効かなかったら「こんなに救われた人が居るのに」と胸を痛めてしまうからだ。


「──なるほど、見方の違い、ですか」

「ああ、似たような事をこの前友人に言われたな。そんなに変わるものか?」

「この世には反対意見を持つ人間は居ますからね、それはそうと僕に何か?」


 そうだったとソフィアを見る。


[ニコを見かけたらご挨拶に来たの。ちょうどお義姉様も紹介出来る機会だし]

「なら、用は済んじゃったのかな? もう少しソフィアとお話ししたかったんだけど」

[準備のお邪魔をしたくないから……でも、ニコの演奏楽しみにしてる]

「あ……今日は僕、演奏しないかも」

[そうなの? また今度、聞かせてね]

「うん、機会があったら弾くよ」


 ニコの言葉に寂しさを滲ませつつもソフィアが頷いた。

 一方で僕は、機会があったら、という言葉に引っかかりを感じた。僕には、ソフィアに聞かせてあげられる機会が無いと言っているようにも聞こえたからだ。


「ニコ、君の楽団は暇がないのか?」

「楽団は関係ないんです。僕の家の事情で、しばらく楽団から離れないといけないし……ソフィアに会えるかも分からなくて」

「……君の用事が済んだら僕に連絡するといい。魔法薬第三室室長宛てとあれば僕の元に届くし、幸いお義父上よりは暇な生活を送っているから返信も早い」


 ソフィアに甘いのは僕かもしれないな、と思いつつそう提案する。と、ニコは不安そうな顔をしたかと思えばさっきと変わらない笑顔になった。


「その時には、そうさせてもらいます」


 ……なんだか不思議な青年だな、と思った。

 それこそまるで、大人のような、こうして会うのは最後だとでも言うような顔だったからだろうか。

 君もソフィアも、まだ大人と子供の間のはずだろうに、どうして。


(あの時のルカと同じ顔をしているんだ)


 その答えを得ないまま、僕とソフィアはお義父上達に呼ばれたのでその場から離れるしかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る