第3話
「おっ、ドレス着るとアルテア義姉さんも淑女なんだ。でもなんか変な感じする」
クリーム色のドレスに深い緑の刺繍が印象的な、上は装飾も細やかでスッキリとまとまっており、腰から下は程よく広がるスカートが美しいドレス。ネックレスや髪留めはエメラルド。そしてシンプルな白の手袋。
緑の主張が激しすぎないか? と購入時カリオペに聞いたが、この程度ならあなたの美しい瞳を現しているんだな~で済むから良いんです、と力説されてしまった。
それから子爵家のメイド達による努力で、僕の中にあったなけなしの女性らしさが引き出されている。いつも最低限の化粧に縛るだけの髪なので、違和感がある。
「イオン、同意見だ。僕としては夜会が早く終わって欲しいくらいだよ」
「──、ひゅ!」
僕の言葉に反対だと言わんばかりの音が聞こえる。
細やかなフリルに花のモチーフを使ったレースと小さなリボンで彩られた、喉元まで真っ白なふんわりとしたドレス。青い宝石のような瞳も結われた亜真色の髪も可愛らしく美しい義妹──ソフィアだ。
しかし怒っていると言わんばかりに拗ねた顔で、弟であるイオンの服を摘んでいる。そしてピンクに彩られた唇を動かした。
『イオン、そんな事言わないで。お義姉様とっても素敵よ?』
「ソフィア姉さん、よく考えてよ。いつも男の格好のアルテア義姉さんだよ?」
『お義姉様は素敵な淑女なの! 格好は関係ないでしょう』
むぅ、と唇を尖らせるソフィアがあまりにも愛らしくて、僕は思わず笑う。するとソフィアがこちらを向いたので彼女の口を注視しながら話しかける。
「別に、僕は淑女らしい事は出来ても、お嬢様として振る舞ってはいないから。イオンの意見が正しいよ」
『だめですっお義姉様の良さが分からなくっちゃいつか出来るイオンの婚約者だって愛想尽かしちゃいますから』
「これは……手厳しいな、イオン?」
「気が早いんだよソフィア姉さん……! 俺は来年からだからっ」
『どんな女性にも優しく出来ないと、好きな女の子に婚約を持ちかけようとした時に困るのはイオンよ?』
「そん……な事ない!」
ソフィアの無音の口撃に圧倒されるイオンに、仲がいいな、と目を細める。
子爵家の好奇心旺盛な性分が成した技、それが「唇を読む」という方法だった。
声が出せなくとも……唇が動かせない訳でも、耳が聞こえない訳でも、考える能力がない訳でもない。頑張って相手の口を真似ていたソフィアを見て、元々騎士を目指していた叔父の友人である傭兵から、家族と古くからの使用人とでこの技を学んだのだ。
この技の習得は、当時僕の両親を失ったばかりの叔父と僕にとっても、スムーズに会話が出来ないと落ち込んでいたソフィアにとっても、前を向くいい機会だったと思う。
まぁ、今の子爵夫人(ソフィアと僕の義母)とイオンと使用人達には悪かったと思うが、子供の頃に知ってたら楽しかったでしょうねぇ、などと楽しんでいたので良かった事にしている。
「──おや、支度は終わっているのにみんな集まっていたのかな?」
『お父様! お義母様! イオンったら今日のお義姉様のドレスを褒める訳でもなく、こうして見ると淑女なんだなって言ったんです!』
「あらぁ、そうなのイオン? 褒める時はちゃんと褒めなくっちゃ、伝わらないのよ?」
「ただの姉と弟の関係だからそう思っただけなのに!」
「お義母様。イオンは12ですから。これから身につけると思いますよ」
「それはそう思うんだけれど……あらっ、あらあら! カリオペ様と選んだドレスってそれなのねぇ! 素敵だわぁ、アルテアちゃんの魅力に合ってるもの!」
もしこの場にカリオペがいたらそうでしょうそうでしょう! と自慢げにしていただろう。なお、彼女は彼女で婚約者の伯爵令息と揃いの色のドレスらしい。
真っ赤な髪をくいと結い上げて凛とした力強い茶色の瞳を、婚約者と互いに甘く向けるカリオペを思いながらこっそり笑う。
「後でカリオペに伝えましょう。今日はドレスですが、ソフィアのエスコートはお任せを」
『よろしくお願いします、お義姉様』
「ああ、安心してくれ。ダンスはお義父上とだが」
「アルテア義姉さんとソフィア姉さんの身長差もそうだけど、ドレスのふたりが踊るのは見たかったなぁ」
「互いのスカートがぶつかるから無理だ。基本構造上な」
分かってるよ! とイオンが言うのでならばよし、と笑って椅子から立つ。
そうして僕達は王都にある子爵邸から夜会会場である王城へ向かった。
しばらく馬車に揺られながら王城へ到着し、子爵家の御者の手を借りて僕が降りるとザワッとした声が聞こえた。
(「あれが冷徹な魔女? 聞いた話とはまた違う」「しかし怪しげな魔法薬を積極的に作っていると聞く」「一体何の魔法薬を使ったのかしら」……なるほど、メイド達の努力は魔法薬のおかげになるらしいな)
馬鹿らしい──そう思いながら、降りようとするソフィアの手を取る。
かたん、と軽やかな音が鳴り、辺りにやわらかな空気が漂う。白のドレスはデビュタントの令嬢の証。喉元から爪先まで柔らかく真っ白なレースで露出を抑えた彼女は「純粋な淑女」に相応しい。
『お義姉様、ありがとうございます』
「どういたしまして。ソフィア、ここからは魔導具を起動しよう」
僕が彼女の左中指にはめられた指輪に触れると、魔法で編まれた紙とペンが宙に浮いた。元は僕のような研究職や新聞記者などがメモを瞬時に取り出す為の魔道具だ。
ペンは指輪をはめた使用者の魔力でインクを出し、紙も魔力を纏わせた指でなぞればインクを取り消せる、この社会では一般的に流通している為、起動はおかしくない。ただ、それを常にというのはやはり異様な光景になるだろう。
ソフィアがペンを取り、メモの上にサラサラと文字を書いた。
[お義姉様、出来てます?]
「問題なく起動しているようだ。ソフィア、使っていて違和感は?」
[ありません。長い時間は難しいかもしれませんが]
「むしろそれでいい。あまり長居する場所ではないからな」
そう返す僕に、くすくす、とソフィアが笑った。
しばらくして、イオン達が降りてソフィアの魔道具について家族で改めて確認し、城内へ入ろうとした時だった。
「──ん、!」
突然立ち止まったソフィアの目が、輝いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます