春と冬

 灰色の空の下、重いリュックを背負って、一人で歩く。

 高校は駅から近いためか電車通学の人が多く、駅と反対方向に住む春は、いつも一人で帰っていた。

 信号が青になるのを待つ間、かじかんだ指先に息を吹きかけながら、何を見るでもなくあたりを見回す。

「……あれ?」

 ふと、街路樹の下の花壇に、紺色の棒のようなものが落ちているのに気がついた。土に半分埋まったような状態がなんだか可哀想で、思わずそれを拾い上げる。

 それは、万年筆のようだった。

「……誰かの落し物かな」

 何か書いてあるかもしれないと思い、柄についた土を払うと、下から金色の文字が現れた。

『城址南高校創立六十周年記念』

「……これ、うちの高校のやつだ」

 春が通う城址南高校は昨年創立六十周年を迎え、その記念品として、生徒全員にこの万年筆が配られた。実際に使っている人など見たことがなかったが、もしかしたら誰かが大切に使っているものなのかもしれないと、春は心配になった。

「たぶん、学校に届けたほうがいいよね?」

 そう呟いて、万年筆をハンカチに包み、ブレザーのポケットに入れる。

「……おい」

 突然、後ろから声がかかった。

 驚いて振り向くと、いつの間にそんなところに現れたのか、学ランを着た背の高い男子高校生が春の後ろに立っていた。襟元の校章を見たところ、彼も春と同じ城址南高校の生徒のようだった。

「今拾ったの、何?」

「えっと……」

 彼は、なぜか怒っているようだった。

 春はその雰囲気に圧倒され、急いでポケットからハンカチの包みを取り出す。

「これ、落ちてたから……。明日、学校に届けようと思って」

「……それ、俺の」

 万年筆を見せると、彼は無愛想に言った。

「え、そうだったの? じゃあ……」

「もとの所に戻しといて」

 万年筆を差し出そうとする春の言葉を遮ってそれだけ言うと、彼は春に背を向け、いつの間にか青に変わっていた信号を早足に渡り始める。

 春は、去っていく彼の背中に、慌てて声を掛けた。

「え!? 待って、秋くん!」

「……は? なんで俺の名前知ってんの? 気持ち悪」

 彼は心底不機嫌そうな顔で一瞬だけ振り返ったが、すぐに春の存在を無視して信号を渡りきった。

 彼が渡りきるのと同時に信号は点滅し始め、追いかけようとしていた春は足を止める。

「……秋くん、何かあったのかな」

 春は彼のことを心配に思いつつも、彼に言われた通り、万年筆を街路樹の根本に戻した。

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