第5話

「夏野くん、日向も連れて着いてきて!」


 突然駆け出す楓さん。


「えっ、ちょっ、なんでそんないきなり……。和泉さん走れないよね。ちょっと支えるから着いてきて」


 人をかき分けて和泉さんの腕を取る。


「いきなりなんですか?」

「僕にもわからない。ごめん、取り敢えず急がなきゃ」

「本当に状況が飲み込めないんですけど?」


 楓さんが向かった先にあったのは神社へと続く道への階段だった。夜が醸し出す不気味さにより進むのを躊躇っている内に、楓さんはどんどん階段を登って進んでいってしまう。


「えっ? ここ登るんですか?」

「多分……」


 あまり気は進まなかったが、僕と和泉さんは足を踏み込んで楓さんを追いかけた。


 そして楓さんは長い階段をなんとか登り切った先にある鳥居の先に、月明かりの下に立っていた。いつもとは違い、神秘的なオーラを放っていた。


「ありがとうね。ここまできてくれて」

「なんでわざわざこんな場所に? 不気味だし戻りませんか?」

「今から大事な話をしなきゃいけないの。タイムリミットが迫ってるから」


 いきなり楓さんと話し始めた僕に変な顔をする和泉さん。


「あの、誰かいるんですか? 私には誰もいないように見えるんですけど……。ひょっとして、幽霊ですか!?」

「……」


 凄い。当たってる。


「ちょっと何か言ってくださいよ。なんとなくここまで着いてきたんですけど、本当にどうしたんですか? 急に。特にこの神社には何もないはずですよ」

「……」

「もう少し歩いたら着くから。もうちょっと我慢してもらって」


 和泉さんになんと説明をすればいいのか分からないので、聞こえないふりをして、楓さんに着いていく。


 そうして、歩くこと数分。もしかしたら十分くらいだったのかもしれないし、三十分以上歩いていたのかもしれない不思議な感覚を味わってるうちに少し開けた空間に出た。


 そこは驚くほど空気が澄んでいる不思議な空間だった。


「……姉さん?」

「えっ?」


 楓さんの姿が和泉さんにも見えている?


「姉さん、生きていたんですね!」


 楓さんに抱きつく和泉さん。実体もある?


「日向、良かった。元気そうで」

「姉さん、姉さん、生きているなら戻ってきてくれても良かったじゃないですか」

「……生きているなら戻ってたよ」

「……ちょっと待ってください。死んでるんですか? いや、でも、そんな、目の前にいるし……」


 目をぐるぐる回しながら倒れてしまう、和泉さん。


「あれ? 日向? 大丈夫?」

「普通自分が幽霊と向き合っているってなったらそうなるのが多分至って当然なんじゃないですかね?」


 その時だった。暗いが透き通るほど綺麗な泉の水面に波紋が走る。突如強い風が吹いて、そこに現れたのは天狗だった。


 そしてその天狗の姿を見た瞬間、僕に昔見た景色が、記憶が流れ込んでくる。


「……全部思い出した」


 今までのことを全て。


 僕と楓が幼馴染なことも、五年前何があったのかも。


 頭の中を整理する必要があるが、ひとまず楓さんではなく楓と向き合い話すべきだろう。


「楓……何て言うんだろう。久しぶりとは違うんだけど……」

「こういう時はただいまでいいと思うよ。……おかえりなさい、夏野くん」

「ただいま」


 少し話していただけでも脳内がスッキリしていく。


 僕の記憶がなかった理由はそれと引き換えに、危篤だった日向ちゃんの命と自分の命を交換した楓の魂をこの世に残していたから。だけど、裏返すなら、その記憶が戻ってきたということは……この世から楓が完全に消えるということ。


 そうなると時間がない。五年前と同じことにならないように、なんとかして楓を説得しなくてはいけない。


「楓はこの世から消えるつもり?」

「まぁね、これ以上夏野くんに負担をかけさせ続けるにはいかないし」

「早まらないでよ。まだ楓にはやるべきことが沢山残ってるんだから」


 そこで先程から意識を失っていた日向ちゃんが目を覚ます。


「日向ちゃん、ちょっと手伝って」

「日向ちゃん? えっ?」


 突然の僕の呼び方変更は、昔の癖に上書きされて戻っただけなのだが、それに困惑している日向ちゃんにそれを説明している暇はない。簡単に日向ちゃんの協力を得るためにも、なりふりを構っていられない僕は少しカッコ悪いことをした。


「五年前、日向ちゃんが危なかったときに日向ちゃんを救うために言い伝えを信じて聖域を探して僕と楓の二人でここに来たんだ。それでさ、本当に伝承通り天狗に会えた。二人で日向ちゃんのことを救うはずだった。でも、そこでどっちが救うかっていう話になって、姉の私は妹を救う責任があるって言われて押し切られちゃったんだ」


 何度も楓から制止の声が入ったが、無視して日向ちゃんに説明しきる。


 僕の話を聞き終わった日向ちゃんは自分の心臓に手を当てて楓と向かい合う。


「確かに、私の病気が治ったタイミングと姉さんの居なくなったタイミングは同じでした。……この話本当なんですか?」

「はー仕方ないな〜、そうだよ。夏野くんの言う通り」

「姉さん! なんでそんなことをしたんですか! 自分の命を捨てて私に渡すって、自分の命をなんだと思ってるんですか!」

「命はとても大切で尊いものだってわかってるよ。それでも私は日向の命の方が大事だと思ったから」

「そんなことないです!」

「そんなことあるんだよ。姉だからっていうのもあるけど、それだけじゃなくて日向が大好きだから。素直にありがとうって言ってくれた方が私は嬉しいな。それに日向がせっかく助かった命を大事にしてよ。私は日向が生きて幸せでいてくれることがすごく嬉しいよ」


 もう何を言えばいいのか分からなくなってしまった日向ちゃんは絞り出すように声を出す。


「……姉さんには未練とかないの?」

「勿論あるよ。でも今、私は残りのそれを少しでも果たすためにここにいるんだから。せめて、笑って見送ってほしいな」


 そんなの無理ですよと泣き出してしまった日向ちゃんを傍目に楓は僕と向き合う。


「五年間、退屈だった。誰にも気付いてもらえずに、ただただ存在しているだけ。そんなときに私に会いに来てって夏野くんのことを呼んでいたら、本当に来てくれた。やっと私を終わらせてくれる人が来たって思ったんだ」

「……」

「あのね、最後にちゃんと夏野くんに伝えたかったんだ、好きだって。あの時に伝えられなかったから」

「……」


 今まで見えなかった楓の心情を知って僕はなんと言うべきなのか分からなくなる。


「まぁ、今から居なくなっちゃう女の子にそんなこと急に言われても困っちゃうよね」

「……楓は生きたくないの?」

「もう十分かな」

「嘘吐かないでください。僕には丸見えなんですから。未練たらたらじゃないですか」


 もっとデートしたかったな。普通に高校生活を送りたかったな。日向の卒業する姿を見たかったな。そんなしこうがえ、心残りが透けて見える。


「本来見えないはずなのに、聖域内では実体化出来るせいで見えるからって、能力で覗いてくるのずるいなー、面倒くさいなー」


 村の祭りもそろそろ終わるのだろう。花火が一発二発と空に打ち上げられる。


「あっ、花火だ。綺麗だね〜」

「楓!」

「……これで終わりかな」


 僕を無視するように背中を向けて、泉に近付いていく楓。そんな楓を引き留めようと日向ちゃんが楓の服の裾を掴む。


「私は、姉さんに生きてほしい」

「……日向の気持ちはもちろん嬉しいけど、無理だよ。等価交換で払うものがないんだから。私のためにももっと幸せになってね。名残惜しいけどそろそろお別れしよう」

「だめ、絶対にだめ。姉さんは……生きていかなきゃ」

「そうだよね。楓は絶対に生きていかなきゃ」


 僕だけの命ではどうにもならないと察した僕は、もうこれ以外の方法はないと楓より先に天狗の方に一歩踏み出す。


「天狗さん、楓と」

「駄目!」


 僕の声を妨げるように楓さんの声。


「夏野くん、駄目! 自分の命と私の命を交換したりしちゃ! 私、そんなことされても嬉しくないから!」

「安心してよ。交換するのは——僕と日向ちゃんの命、半分ずつ。これなら全員生きられるよね?」

「確かに、そうかもだけど、それは寿命が短くなっちゃうでしょ」

「楓がいない世界で百年生きるより、僕は楓と一緒に五十年生きたいと思うよ」

「私もだよ、姉さん」

「……」


 黙り込んでしまう楓。ここで決め切るしかないと僕は一気に畳み掛ける。


「楓、僕は楓に救われたんだよ。実際、能力で苦しんでいたって話をしたでしょ? 一緒に出かけて、僕に能力との向き合い方を教えてくれて、更に対処法も考えてくれて。もし楓さんが助けてくれなかったらこのまま何もない憂鬱な世界で一生を送るか、もしくは自分で命を断っていたと思う」

「姉さん、私もだよ。散々伝えたと思うけど、姉さんが私のことを病気から救ってくれなかったら、私はもう死んでるの。だから私にも恩返しをさせて」

「……」


 依然として俯いたまま黙り込んでいる楓。


「全員一緒に生きる、これ以上の幸せはないと思う」

「姉さん」

「楓さん」

「「三人で一緒に生きませんか?」」


 僕が楓さんの右手を、和泉さんが左手を握る。楓さんが首を縦に振るまでこの手を離すことがないように、しっかりと。


 それからどれくらいの時間が経ったのか。


 楓の嗚咽が耳に入ってくる。


「もう……本当にずるいよ、二人とも」


 楓が涙を流しながら僕たちに抱きついてくる。


「……本当に甘えてもいいの? もう一回生きてもいいの?」

「当たり前」

「ごめんね。ごめんね、二人とも」

「ありがとうでいいんですよ」

「……そうだね、ありがとう。それじゃあ二人ともお願いしてもいい?」


 僕と日向ちゃんは揃ってもちろんと首を縦に振る。


「それではその願い叶えよう」


 僕たちを見届けていたその天狗の言葉とともに、世界が眩い光に包まれて、僕の意識は暗転した。



「……夏ちゃん、夏ちゃん」

「……ん?」

「日向ちゃんが夏ちゃんに用があるって呼んでるよ。朝ごはん食べて行ってきなさい」

「あっ、うん」


 今日は三日前に神社で発見された楓が退院する予定の日。


 五年間失踪していたのだから当然診療所で身体を診てもらうことになってしばらく入院していたのだが、特に何も異常がないとのことだったので、無事退院できることが決まったのだ。


 そういえば、朝から行こうと日向ちゃんに言われていたことを思い出す。


 身体を起こして伸びをしていると待ちきれなかったのか日向ちゃんが部屋に入ってくる。


「夏野さん、早くしてください。昨日約束したじゃないですか!」

「あっ、うん。寝坊しちゃって本当にごめん。急いで食べて準備するから」


 朝ご飯をかきこみ、準備をし、家を出て診療所に向かった。


 そうして待合室で待つこと二十分程。


 ドアが開いて、楓が出てくる。


 僕たちを見つけると手を振って近付いてくる。


 楓さんに僕たちはゆっくり向かい合い、声を揃えて言った。


「楓」

「お姉ちゃん」

「「おかえりなさい」」

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僕と彼女とあの夏と 儚キ夢見シ(磯城) @PokeDen

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