第4話
「夏野くん、私のこと池袋に連れていってよ」
「楓さんは池袋まで往復何時間かかると思ってるんですか? ここ福島の山奥ですよ。コンビニ感覚で行ける場所じゃないんです。行ける範囲の大都市っていうなら仙台が精々です」
「じゃあ仙台でいいや。どっか都会行こー」
朝早くから僕の部屋に来たと思いきや、謎の絡みをしてくる楓さん。
「遠くて面倒なんですけど……」
「人生経験としてね、誰かと一回は都会に行っておきたいの」
「……分かりましたよ」
確かに僕が帰ってしまったら楓さんが誰かと行く機会は二度とないかもしれないと思い、準備を始める。
そして仙台行きの電車の中。
「ねぇねぇ夏野くん」
「……」
「ねぇねぇ」
「……」
人の目のある電車の中なのもあって楓さんを無視していたら、悪戯をするようにちょっと怒ったように僕の腕に抱きついてくる。
「もう、構ってくれないなら、こうしちゃお!」
「ちょっ!」
今まで決して意識はしないようにしていたが、楓さんは普通に美少女の部類に入ると思う。そんなわけだから僕側から触れられないとはいえども、男としては感じるところが色々あるわけで。
仕方ないので小声で話す。
「電車内で一人で話し始めたらそれはもう頭おかしい人ですよ」
「そうだけどさー、いいなぁ私も思考が読めたらそれで会話出来るのに」
「今の楓さんの思考を僕が読めないので意味ないですけどね」
こんな風に僕の能力と楓さんのことを話のネタに出来るくらいには楓さんとは以前に増して打ち解けた。僕がなんでここに来ることになったのかの説明になる中学生後半の話もした。
以前、楓さんが幽霊だということを知った際に、あまり気にしてないと言っておきながら、実は楓さんとの少し距離感がよく分からなくなったはずだが、これも楓さんの人格がなせる技なんだろう。
そして、仙台に着いたときの楓さんの第一声。
「はへー、人多いね……村の人たち全員より多いよ」
「……何を当たり前のことを言ってるんですか? せめて五倍はいるよとかでしょう」
「じゃあ百倍かな」
「それでも足りないくらいにはいそうですけどね」
「確かにそうかもだけど、細かいことは気にしないでまず楽しもう!」
それから僕たちは色々なところを回った。
駅直結のデパートをうろついたり、近くにあったポ○モンセンターに行ったり。
たくさん話して、ここいいね〜と笑い合った。
「はー楽しかった!」
「それならよかったです」
帰りの電車内で、すっかり満足したように身体を伸ばして凝った筋肉をほぐしている楓さん。そういえば、幽霊でも身体って凝るのかな?
そんなどうでもいいことは置いておいて、行ったことのない場所で不安なところだらけだったが、行きの電車の中で楓さんに邪魔されながらもググール先生とAI先生に頼った甲斐があったと思えるものだった。
「それで夏野くんはどうだった? 今日は」
「当然、僕も楽しかったですよ」
「違う違う。そうじゃなくて、周りの思考が見えてるんでしょ。どうだった?」
「……特に何も感じませんでしたね」
楓さんと一緒に出かけている間も思考は常に映っていたが、楓さんと楽しむことに集中していたせいもあって全く気にならなかった。
……むしろ、楓さんが本当に楽しいと思っているのか気になって、能力が楓さんにも使えればいいのにと思ってしまったくらいだった。
「それなら良かった! 私だけじゃなくて夏野くんにとっても有意義な一日になったなら。……本当に今日はありがとね」
やがて電車が駅に着くと明日の夏祭りの約束を、何故か和泉さんとも一緒に行くという約束をして、僕たちは解散した。
翌日、十六時ぐらいになったところで和泉さんとの合流地点へと楓さんと向かう。
いつも元気いっぱいな楓さんにしては珍しく、何か考え込んでいるのかやけに静かだった。
「ごめん、お待たせ」
「いえ、今来たところですので気にしないでください、夏野さん。向かいましょうか」
和泉さんは楓さんに本当に気付いていないんだなと改めて実感する。……そういえば、この二人って姉妹なんだよな……。
和泉さんに楓さんのことを伝えてあげたくはあるものの、何をどう話すべきなのだろうか? 実は今、ここに楓さんがいるんだけどなんて伝えたら、頭がおかしいと思われるか、以前みたいにふざけないでくださいって怒られるよな……。それなら、余計なことはしないべきか。
そんなことを考えているうちに僕たちは会場となっている山沿いの広場に着く。
「意外と人いるんだね」
「今、田舎のくせにって馬鹿にしました?」
「いや、全然。こっちに来てからあんまり人を見ていないから。なんか新鮮な気がしただけ」
「それならいいですけど。この村のことを馬鹿にしたら許さないですからね」
楓さんに来てと言われたから来ているものの、当の楓さんが何も言わないのでは話が進まないが、普通に楽しむことにした。
「焼きそば二つください」
「へい承知、って日向ちゃんも遂に彼氏連れか〜」
「えっ、いや彼氏とかじゃ」
「おい、日向ちゃんに彼氏出来てんぞ〜」
和泉さんが言い切る前に祭りの会場で叫ぶおじさん。視線が一斉にこちらを向く。
「おー、日向ちゃんおめでとう! いやぁ、ここの村の先も安泰だな!」
「相手は誰だ?」
「ん、確かありゃ……伏見のとこの坊主じゃねぇか?」
騒ぎを聞きつけて、ゾロゾロと和泉さんの周りに人が集まる。僕は嫌な予感がして一人その場を離脱する。
「いつの間にか帰ってきとったんか」
「なんだお前知らなかったのか? お前、認知症なんじゃねぇか?」
「ふん、そんな細かいことは捨て置いて、酒持って来い! こんなにめでたい日は呑むに限る。日向ちゃんも呑むだろ?」
「私、まだ未成年ですから! 飲酒だめ、絶対」
そんな風におじさんたちに絡まれている和泉さんから視線を逸らすと、階段を降りようとしているおばあさん。首が痛く、下が見えなくて辛いなという思考が見えた。
「おばあさん、大丈夫ですか? 隣にいるので一緒に階段を降りましょう」
「あらありがとね、あんちゃ」
おばあさんを無事階段の下まで連れて行き、楓さんと和泉さんの元に戻る。
まだおじさんたちに揶揄われている和泉さんを傍目に、楓さんと今日初めての会話をした。
「どう? いい場所でしょ。みんなにゆとりがあって、楽しそうで」
「ですね。ってそんな楓さんが威張るように言うことじゃないですよね? 僕も一応住んでいたらしいんですから」
「ふふん。こういうのが都会より田舎が良いって言われる場所なんだから。自慢させてくださーい」
こうして楓さんと話していると余計に実感する。
人があったかいなって。そんな心情を簡単に表す、以前の僕からでは信じられない言葉が僕の口から素直に出る。
「別にこうしている分にはこの能力もいいなって思ってます」
「うん。良かった。それと私といた時には能力を意識してなかったでしょ。多分、夏野くんは周りからの目を気にしすぎたんだよ。能力のせいで余計に。あんなに人がいる都会だとそれじゃ生きていけないよ。酷いことみたいに聞こえるかもだけど、意外と世界は夏野くんに興味がないんだから。そう思って生きていかないと」
「そうですね……」
楓さんの言う通り、中学時代に散々なことを言われて、こっ酷い目にあったせいで、余計に人の目を気にしすぎていた面はあると思う。
「都会と違って、こんな田舎だと、民俗文化って言うのかな? まぁ、そんな感じのものが残ってるからね。環境が違えば、それに対する評価も変わる。適材適所ってことだね」
そんな会話をしていた時だった。突然、楓さんが後ろを振り返る。
「——そろそろ、行かなきゃ」
「えっ?」
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