第2話 気づいちゃったよ、私……。

 なんで、「男と女」なんて区別があるの?


 そんな区別をしたって、世界が平和になるわけでも諍いがなくなるわけでもないのに。

 分けたほうが社会的には楽なのかも知れないけど、それはあっち側――支配する側、例えば学校の先生にとっての楽なのであって、私たち子供には何の良いこともない。

 それに、こっち側――支配される側、即ち私たちは「男は強くあるべき」「女は淑やかであるべき」と理想を押し付けられる。実に息苦しいことだ。

 型にはまった観念や古めかしい風習は捨てて、もっとお互いに寛容になるべきだ。男と女、子どもと大人、自国と外国、人間と魔族。区別なんかしないで、みんな仲良く暮らしていけばいいのに……。

 


 

 ――などと、思っていた私だけど。

 今ばかりはしっかりと「区別」していただきたく思う次第ですよっ!



 

入学式が終わったあと、(男子の)先輩に引率されて(男子の)新入生たち二十人のグループになって向かった先は、これから一年間使うことになる初等部αの教室だった。

 私がこの異常事態に気づいていなければ、同じクラスの仲間に話しかけにいくことができたのだろう。或いはそんな勇気がなくとも、来る学園生活に胸を躍らせ、どんな先生かな、どんな魔法を勉強できるのかなぁ……と妄想を繰り広げることができていただろう。

 一ヶ月間必死に勉強して、難関と呼ばれる試験をくぐり抜けてようやくここまで来たんだから、楽しまなきゃ! と意気込んでいた私はもういない。

 

 教室の左奥の席についたとき、私はひとたび思ったのだ。

 

 ぜ、全員、男子じゃんっ!

 

 校長先生が「男子」魔法学園と言ったあとも心の何処かで間違いであることを願っていたけど……男子しかいないじゃんっ!

 新入生も廊下ですれ違う先輩たちも、もう男子男子! 教室に着くまでひとりも女の人いなかったよ!

 新調の黒樫の机に伏せて、私は軽く絶望する。

 

 ……どどどどうなってんのお父さんお母さんっ!? ここ男子校だって知らなかったの!? それとも本当に、私のことを男だと勘違いして……? ぐすん。

 

 窓に映る自分の顔を見る。そこにあるのは、真紅の髪飾りが映える、肩につくほどの長さの無造作な銀髪、蒼穹を想起させる輝きに満ちた蒼の双眸。薄桃色の瑞々しい唇に、健康そうな白いすべすべの肌。遠目では分からないかもしれないけど、間近で見れば女の子の可愛らしさの鱗片を感じられる容姿だろうに。中性的なのかもしれないけど、女子っぽい男の子っていうより好奇心旺盛で意思の強い女の子って感じだと思う。

 

 ……もしかしてあれかな、生まれたときにお父さんが『なんて美しい蒼の瞳なんだ、きっと元気な男の子に育つぞ!』とかなんとか言ったんじゃない? 田舎町で医師なんか呼べないから性別判断なんてできず、産まれてきたときの見た目で男の子だと勘違いしてしまったんだ。青=男子とかやめてほしい! 隣の家の助産師さんも、『それはもう大きな泣き声でねぇ、ずいぶん元気な御子息さまが産まれたものだって驚いたわ』と、いつかあったときに話していた。「御子息」の意味がわからなかったからなんとも思わなかったんだけど。

幼少期の自分を恨めばいいのか、よく考えなかった父を恨めばいいのか……。


 でも、だ。我が子の可愛さに目が狂った父はさておき、魔法師学園の審査員も勘違いしたと? 受験の際には必ず自分の顔写真の伴った受験票を提出する。それを見て彼らは、女が混じっていると気づかなかったのだろうか?

  だとすれば私、誰にも女だって認められてない、ってことになる……よね……。泣きたい。


 現に、魔法師学園の校舎に入ってから一度も外見を咎められることはなかった。入学式で校長に注意されたときも、先生たちに目をつけられることはなく注目はすぐに霧散した。

 まったく喜ばしくはないしむしろ嫌だけど……自分のことを勘違いされたままって、なんだか不思議な気分。


「おい、あれ……あの銀髪のやつ」

「なんか女子っぽいやつがいるな」

「なんであんなに髪きれいなんだろ」


 ふと、そんな男子たちの声が耳に届いた。うつむいたままちらりと後方を見ると、ドア付近に十人程度の人だかりができていた。隣のクラスの生徒もいるのだろう。私を指さして何かを言っている。


「ちっこくて丸いし」

「な。男子にしては目立つわ」


 わ、わかる!? 私ってやっぱり女子だよね! ね! この小柄な体躯、見目麗しい銀髪、どっからどう見ても女子だよね……!


「あんな弟が欲しかったなぁ」

「それ! うちの弟、くそ生意気なだけだし」

「ちゃんと兄を慕ってくれそう」


 な……!?

 バッと顔を上げ、男子どもを睨みつける。それに気づいた奴らは、突然のことにひっとすくみ上がる。私の目力のせいでは多分ない……はず。

 

 弟、弟!? ねえそう言ったよね! この外見で、あなた達も私を男だと思ったの!? 信じらんないっ! 女の子を男として扱うなんて、もう男子やめちゃえ!

 呪わしいオーラを全力で出していると、


「ちょ、ちょっとおれ戻るわ」

「あ、ああ、おれも」

「そ、そうだなー」


 と男子たちは散っていった。……許さないよ、私その顔覚えたから! いつか弟呼ばわりを撤回して、女子って認めさせてあげるからっ!

 

 と、そのとき、ゴォォォーーンと鐘の音がなった。始業を知らせるチャイムだろうか。

 顔を戻して正面を向く。

 もう教室の席はすべて埋まっていた。いかにも学校って感じ。あとやっぱり男子しかいないな……。

 クラスメイトたちは周りと好きに喋っている。田舎から来た私は、同年代と触れることが少なかったから話しかけることなどできない。

 でもさ、こんな可愛らしい外見をしてるんだから、ひとりぐらい私に寄ってきても……いいと思う!

 

 五分ほど待っていると、ガラガラと前方のドアが開いた。おしゃべりが中断され、生徒たちの視線が一箇所に集まる。


「ごっ、ごめんねみんなー! ちょっと寝坊して遅れちゃった!」


 入ってきた教師らしき人間。それを見た私が第一に思ったのは――

 

 かっ、か、かわいいっ……!?

 

 それは紛れもなく、女性だった。しかも若くて優しそうな。

 男子どもの口から、はぁぁと嘆息の息が漏れる。かくいう私もだけど。


「ようこそ〈王立男子魔法師学園〉へ。私はこの初等部αクラスの担任となったメフィナ・レスティネスです。よろしくね、みんな」


 ふふふ、と微笑みながら名前を告げたのは、眼の前の――女性。


「な、なあ、なんで女の人?」

「わかんないけど……めっちゃきれいじゃね」

「すっげ……」


 それはもう……女の私から見ても、可愛い人だった。

 黄金色が美しい長い髪を両肩から流し、頭には三角の帽子を被っている。大きな赤の瞳は太陽のように輝き、向けられた笑顔はなんとも尊いことか。

 何よりすごいのは、顔ではなくて……大胆なからだ! 全体的にほっそりとしていてお腹なんてぺったりとしているのに、そこだけ神に愛されたかのように立派な胸……!


 飛び込みたい。あそこに間に挟まりたい! なんて、瞳をキラキラさせていた私だけど。


 女って、胸があってこそ、なのかな……?


 ふと下を向く。そこにあるのは、凹凸も何も無い胸板。あの先生と比べてなんと貧相なからだなの!

 おそるおそる、周りの男子たちにバレないように、胸に手を当てる。

 ぷに……という感覚は訪れず、コツ、と指が跳ね返される。

 むぅっ、無いも同然ってわけね……! 

 恨めしい。こんな体だと、男子だと思われても仕方がない。

 

 すんごく恨めしい! 胸がほしいっ!

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男だと勘違いされて男子魔法師学園に入学してしまった私、どうやら才能があったみたいなので最強を目指してもいいですか? 夕白颯汰 @KutsuzawaSota

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