異種間調停士
「こちらとしては、もはや同じようなことを繰り返してほしくないものだ」
足を組んで座り、背もたれに体を預け、対面の男は傲然と胸をそらせた。
革のジャケットに細身の体を包み、毛量の多い髪をうしろに撫でつけている。
人狼のD・Dである。
机を挟んで彼に対しているのは、でっぷりといった形容が似合う太った男だ。顔の中央に目がひとつ。単眼人の藍鉄だ。
藍鉄は下げていた頭をもどした。たった今、D・Dに対しての謝罪をしたところである。
そして、ふたりのあいだにいるのが――。
人族の年齢なら十代、しかもせいぜい一一、一二歳ほどにしか見えない。背は低く、対面の男と同じ高さの椅子に座りながら足が浮いている。その足がぶらぶらするたびショートボブの髪もわずかに揺れる。見た目はまるきり子供だ。
だが、眼鏡の奥の瞳には、気後れしている色はまったくなかった。
平静そのもの。
彼女の名はジューン。
スペクタクル・ジューンだ。
この部屋には五人いる。
今挙げた三人と、ジューンのうしろに黄丹が立っている。
そしてD・Dのうしろに大きな人狼の男。彼はH・Jだ。
今回は、H・Jが藍鉄を殴った事件の解決のために集まっている。
藍鉄がD・Dに謝罪したので、あとはH・Jが藍鉄に謝ればよい。
H・Jが不満顔なのはわかるが、D・Dも納得のいっていなそうな顔をしている。それは、二ヶ月引き延ばしたのに事態がうやむやにならなかったからだろう。
これで彼も、単眼人は人狼とはことなる価値観で動いているということがわかったはずだ。
気に入らなくても、あらかじめ取り交わした約束どおりに、藍鉄に対してH・Jの頭を下げさせる必要がある。いや、人狼だから腹をさらさせるのほうがふさわしいか。
D・Dの視線にうながされて、H・Jは謝罪の言葉を述べた。内心はどうあれ不満な態度もひっこめた礼儀正しいものだった。
藍鉄はうなずき、謝罪を受け入れると言った。
「種族はちがえど人狼も単眼人もドラグニールに生きる者だ。おたがいの理解のために、いい機会だと思えるように」
ジューンの呼びかけで、D・Dと藍鉄は握手をする。その上にジューンのちいさな手が乗った。
ここに和解が成立した。
調停は成功である。
「これで来月の生活費もなんとかなるかな」
「ギリギリで暮らすのどうにかなりませんか。こんなことなら評議会からの褒賞をもらっておけば……」
「言ったろう。シヴァルの功績を盗むわけにはいかないとね」
ふたりは事務所に戻ってきた。
すると上がり段のところに人影が座っているのが見えた。
「だれでしょうか……」
その人影はジューンたちに気づくと立ちあがった。
ジューンは口の端に微笑を刻んだ。
「キミがここで待っているのは三回目だな」
「おひさしぶりです」
ほかならぬシヴァルであった。
「どうしてここにいるんですか?」
黄丹が聞いた。詰問の口調はうれしさのうらがえしだ。
シヴァルははにかんだ。
「父上をちょっとおどしてしまいまして……」
兄を王の後継者にするため、シヴァルはさまざまな手を使ったという。
まず帰る途中で各地に檄を飛ばした。シヴァルは力不足を痛感し王位を狙わない。兄マイザーンこそが次代の王にふさわしい、と。
そのうえで父王に面会し、兄マイザーンを推薦したうえで、仮に自分に王位が回ってきたなら王の権限ですぐ兄上に譲位する、と言った。それでも自分を王位に据えようと強行すれば国が割れる。父が心血を注いできたディント王国は荒廃するだろう、と。
「王は激怒しただろう」
「それはもう。さいわい斬首はまぬがれましたが……」
シヴァルは自分の首を撫でて、
「勘当されました」
と言った。
「カイザーの家名も剥奪ということで」
「ほう」
「なので、またよろしくおねがいします!」
「…………」
「……あれ?」
ジューンの返答がないのにシヴァルはとまどった。
「ボクのところに戻ってくる気かね」
「だ、だめですか……?」
「こちらもふところに北風が吹く身でね。役に立たない者を雇う余裕は……? 黄丹」
「はい、ありませんね」
「役立たずにはなりません。いい調停士になれるって先生に言ってもらいましたし」
「あれはお世辞だ」
「えっ」
「キミはまだまだ足りないところが多すぎる」
「そんなぁ……」
本気でしょんぼりするシヴァルを見て、黄丹が笑いをこらえながら助け船を出した。
「先生、ふざけるのはもういいでしょう」
「そうだな」
「ええ……?」
「冗談だ、シヴァル。キミはまだボクの事務所の一員だよ」
「は、働いていいんですか?」
「いいとも」
「あっ、今後は別の場所で寝起きしてくださいよ。ひとつ屋根の下は私がゆるしません!」
などと言いながら、三人は事務所のなかへ入っていった。
……ここで今回の話は終わりである。そのはずである。
だからこの先は余分な描写だ。
ジューンの事務所の上がり段を、ずっと高く、ドラグニールにそびえる塔の上から見ている者がひとり。
太陽を背にして、種族も性別もわからぬ。
そいつはジューンらの姿を遠くから見ていた。
魔法の封印で誰も入れないはずの塔の上で、ひとりつぶやいた。
「下等種族にまじって何をしてるんだ……ジューンのやつ」
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そのトラブル、話せばわかる!? 異種間調停士スペクタクル・ジューン @jikkinrou
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