第20話 虫の女は如何にして虫の女となりきや・2
「今日の
足早に向かいながらひとりごつ。心が
美玉自身はずっと奴隷時代の
が、実際に皆が蜻蛉憑きになっても蜻蛉に魂を食われなくなれば、多くの不幸が解決するように思う。
蜻蛉は
国を守るために身に龍を宿し、苦しみを引き受ける皇帝以下皇族たち。彼らだけが負担を受けるのは違う、と間近に見て感じ始めていた。
「考えれば考えるほど、いい案だと思うわ。でも、これをどう広めるかよね」
蜻蛉憑きについた印象は簡単には
ひとまず今は、比較的訪ねやすい西の対に向かっているわけだが。
そうして美玉は、最後には小走りになって
いつもの門衛の
「あの、往診ではないのですが、お加減うかがいに……」
そう声を掛けるも、言い終えるのを待たず
「今はいけません。どなたも入れられませぬゆえ」
「へ?」
すげない言葉に目を丸くしていると、猫のように追い払われてそうになる。
このままでは引き下がれない。なにしろ重大な発見をしたのかもしれないのだから。
美玉が食い下がると、宦官はやっとかたい口を割った。
曰く、陛下の司る祭礼にて不敬の疑いあり、謹慎中とのことだった。
「なぜです? 宇航皇子は見事に役目を果たされておりましたのに」
「
「まさか! 宇航皇子は、空燕皇子が私を害そうとしてきたのを守って下さったのです。傷はその際の揉み合いによるもの。宇航皇子だって腹に打撲を負ったのですよ」
「そこまで詳しいことは聞いておりません。ただ、証言は多く出ております。
「どうせ東の
突然、背後から口をふさがれた。
「むごご! ふんむ!」
「
羽交い絞めのようにして声を掛けてきたのは、明明だ。
気づけば遠巻きに、人が集まっている。向けられる視線はどれも
それでも宇航皇子が、彼の功績が、
結局は引きずられるようにして、
人海から十分に距離をとり、やっと口をふさぐ手から解放された。
近くに人が居ないことを確認した
「もう! ちょっと忙しくして目を離したらすぐに騒ぎを起こすんだから」
「でも、
「はあ。この程度、
「でも、あれは皇子の実力なのに。悔しいじゃない。それに、私に教えてくれないのもひどいわ」
いくら自分が後宮の内部に疎いからといって、さすがに先に教えておいて欲しい。
謹慎と聞いたときのショックはたまらないものだったのだから。
そう
「本当に色々と手回しが大変だったのよ。それに、あなたに知らせたらすぐに皇子の所に飛び出して行きそうだったものだから」
「そんなに頼りがないかしら」
「というより、
頭を撫でていた手が離れ、両肩に置かれる。
正面からまっすぐ笑顔を向けてくれるのは、いつもの明明だ。童顔で丸い目をした、好奇心旺盛そうな。
でも彼女が、自分よりずっと多くのことを知って、考えていることを美玉はもう知っている。
「……そうね。私、なんだか自分の心が上手く扱えなくなるときがあるのよ。
その言葉に笑みを返し、明明が美玉の手を取る。
明明に手を引かれるようにして二人は歩き出した。
「心が扱えない、ね。そっちが普通とも言えるわね。あなたはずっと心の蜻蛉とともにいたから想像しにくいでしょうけれど、蜻蛉が使えない人はみんな自分の心が何色で、蜻蛉何匹分くらいなのかなんて分からないものよ」
「そう……よね。蜻蛉を使えないのが普通で……。あ! そうだったわ! 宇航皇子にも、明明や朱美人にも知らせたいことがあったの! 私が蜻蛉憑きのまま大人になれた理由、心当たりが一つあるのよ!」
「本当!?」
勢いよく明明が振り向いたものだから、思い切り手を引かれる形になった。
脚がもつれるのは久しぶりだ。後宮に入ってすぐは、よくこんな風に転んでいた気がする。
そんな風に
「痛ったあい。ちょっと、あなた体の芯というものが通ってないの?」
「ごめんなさい。下敷きになってくれたおかげで、怪我はないわ」
「今いうこと、それ?」
「ええ。これで私をのけものにしていたことと引き分けにしてあげていいわ」
体を起こした明明の背中についた草を払ってやりながら、軽口を叩く。
こんなやりとりは久しぶりのような気がする。ずっと彼女の正体がわからず、本当はどこか心のなかに
でももう、目の前に居る明明は正体を隠した
そう考えたら、すこしだけ胸がすいた。
これから、自分が蜻蛉憑きになったときの話をすれば、もっと互いを知れる気がする。
当初思っていた普通の友情とは違うけれど。
「ふふ、あなたって本当に
腕をあげて伸びをする明明からは、緑の匂いがする。子供じみた動きと相まって、本当に草原で遊んだあとに友達と並んでいるような気持ちになる。美玉にそんな幼い日は無かったけれど。
そうして、明明と並んで座った美玉は、己が初めて宇航皇子に出会ったときのこと、その際に蜻蛉を出したいと願ったことなど、詳細に語ったのだった。
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