第21話 冷宮にて小鈴と語らうこと
「……どういうつもりですか?」
新しい掛布に無理矢理押し込められた
膝を抱えて寝台に腰掛けているので、その見た目は饅頭のようだ。
「どうって、怪我をしているでしょう。少しでも清潔な布を掛けた方がいいわよ。少しでも、ではあるけれど」
布を掴んだ指を嗅ぎながら答える。
黴と埃の匂いがするが、元々小鈴が使っていたものよりはまだ良い方だ。
「私、あなたが
「咎なく……? 私がやってないって信じるんですか? じゃあやっぱり、あなたがやったんですか?」
目をすがめて言われて思わず吹き出してしまう。
鼠のようだった彼女の表情が、今は警戒心の強い
「ふふ、ごめんなさい。私はやってない。でもあなたもやっていない。……鳥の件について、色々尋問されたのかしら? 痛いことはされていない?」
「……なんでそんなこと教えないといけないんです?」
「ボロボロだからよ。心配しているの」
「なんで心配なんか……」
「弱っている人の心配をするのに理由っているかしら?」
「敵の心配をするなんて裏があるに決まっています」
小鈴はそう言うと、顔の半分まで布を引き上げて睨んでくる。
捕らえられてから今日まで、よほど酷い目にあったのか警戒心をなかなか解いてくれない。どうしたものか、と考えて、ひらめいた。裏、にあたる理由を言葉を尽くして伝えれば良いのだ。
敵の敵は味方、ではないけれど、利を同じくすると分かれば納得してくれるかもしれない。
「じゃあ正直に言いましょう。犯人が許せないし、見つけたいからよ。それはあなたも一緒でしょう?」
その言葉に、小鈴はぱちりと目を見開いて美玉を見た。
もう一押し。とさらに言葉を続ける。
「あの鳥を……
もそり、と小鈴が動く。腰を前にずらして、寝台から脚を垂らすかたちで座り直していた。
「私、ただ
「鳥の羽根を包んでいた
「盗品なわけないです! でも、どなたかなんて言えないです」
「なぜ?」
「……なんでもです。聞き出そうとしても無駄ですよ。
三十回。
思わず美玉は口の中でその言葉をくり返した。笞刑十二回で背中の皮膚が破れかけたというのに、彼女は倍以上の刑を受けているのだ。
しかも、おそらく美玉の場合は刑吏に賄賂が渡っている。朱美人の名が囁かれているのを聞いたし、本気で振り下ろせばもっと苛烈なものだろうということは、打たれながら分かるものだ。
「それはとても辛かったわね。何か手当は受けられなかった……ように見えるわね」
彼女が包まっていた布についた悪臭を思い出し、語尾が曖昧になる。
「陰気な侍女が来て、色々と訊ねてきましたよ。返答によっては薬をやるとか、あとは、一口だけ杏の蜜漬けをもらったこともあります。ご存知ですか? 飢えているときに一口だけ甘味を施されるのが、どれほど辛いか。拷問ですよ、拷問!」
憤りからか、鼻からフンと息を漏らしながら小鈴が答えた。
――朱美人様、かえって頑なにしてしまっているじゃないですか……。懐柔とはなんだったのですか……!
思わず頭を抱えるしかない美玉である。
「何が一番痛いって、心ですよ! 心! 私、宇航様にまで疑われていると思うと頭がぐちゃぐちゃです。ただお慕いして……薬を届けて一言二言交わして、それで幸せだったのに。特別扱いされているあなたなんかに分かりませんよね」
やけくそになったらしい彼女は、脚をぶらぶらとさせながら、秘めていたであろう想いを吐露していく。もはや自分でも止められないといった様子だ。
その恋心は、少女らしい憧れ含みの無邪気なものだったらしい。
「宇航皇子はあなたを疑ってはいないと思うわ。だって鈴鈴の死について悲しむあなたを、嘘とは思えないと言っていたもの。それに皇子は優しい方よ。あなたが利用されて切り捨てられるのではないかと心配していたわ」
「ほ、本当ですか? 『宇航皇子の疑いを晴らしたければ、後ろにいる者を言え』とずっと言われていたんですよ、あの陰気な侍女に。それで私、宇航様に一度疑われたならもうどうでもいいと思って、何も言うものかって」
小鈴の言葉に、美玉は密かにため息を吐く。
全部が裏目ではないか。
ここはひとつ、共感によって彼女のかたくなな心を解せないだろうか。その方が、美玉の性格的にもやりやすい、ように思う。
「あのね、小鈴。宇航皇子のこと、とても大事に思っているのがよく伝わったわ。私も同じ。すごく大切なの。でも彼は今、謹慎を受けているの。祭礼の進行を妨げたとしてある方に訴えられていて、もしかしたら、罰を受けるかもしれなくてよ」
「! そうなんですか!」
「鈴鈴の死によって、皇子は祭礼の日に龍に飲まれかけたわよね。明らかに敵意があると思わない? そして今回の謹慎についても、皇子の立場を危うくしたい者が訴えていると思うの。二者が別のものと考えるより、同一人物と考える方が自然ではなくて?」
美玉の言葉に、小鈴は肩から掛けていた布ごと己の体を抱きしめる。
でも、でも、と微かな声でつぶやいて、動揺を明らかにしていた。
もうひと押し、というところか。
「でも、私には御恩があって……」
「それは宇航皇子の命と引き換えにしても、返さねばならない恩? いまのあなた、鳥殺しのみならず、皇子殺しの片棒を担いでいるも同然なのではないかしら」
「そ、そんなことありません!」
「皇子に渡していた薬は、適量なの? 薬を運ぶだけだから、何も気づかないと?」
カマかけである。
が、皇子の言葉から、決して弱い薬ではないことは予想出来る。体に合っていないだろうということも。さてどうか、と彼女の方を見ると、明らかに目を泳がせていた。
どうやら予想は当たったようだ。
もう少し、押してみることにする。
「そういえば、祭礼での雄牛を見たかしら? まだ若そうで、血気盛んなはずなのに、どろんとした目をしていたわ。皇子はあの薬を飲んで頭がぼうっとすると言っていたけれど、あんな風になってしまうんじゃないかと心配してしまうわ」
癇を抑える薬と牛を大人しくさせる薬。成分は似たようなものだろうという素人考えである。
だが、これも図星らしい。
いよいよ落ち着かなくなった小鈴が、言いにくそうに口を開いた。
「……さすがに、人間向けの量だとは思います」
「調合はあなたが?」
「見習いの身ですので、指示のとおりに準備をします」
「御恩、というのは、あなたと宇航皇子に繋がりをくれた方かしら? 薬を運ぶ係として」
無言。その沈黙が肯定の意を含んでいることは、容易に察せられた。
「恩があるからといって信用できる? 見習いといえど薬師でしょう。疑問を持って運んでいたのではないの?」
う、と小鈴が呻き声をこぼす。
続けて、瞳の
「わ、私だって、どこかで薬なしで、蜻蛉なしで、皇子の支えになれたらって思ったんです! あなたみたいに、力はないけど……あなたのことが羨ましくて……それなのに、なんでこんな……」
顔を覆って、とうとう声を上げて泣き出してしまった。
責めたいわけでは無かったけれど、どこかに、皇子に危険を及ぼした恨みがあったのかもしれない。追い込み過ぎてしまった。
いま彼女の傍らに座り、肩を抱いて慰めたいと思うのも、偽善心からかもしれない。
それでも。
美玉の体は動いたのだった。
寝台の隣に腰かけ、肩を抱き、背をさする。
「ね、きっと助けがくるから。私と一緒に皇子を助けられない? 華貴人の訴えで謹慎になった皇子だけれど……合議の結果次第ではもっと重い罰が科せられるかもしれないわ。貴人に反論する材料が欲しいの」
「華貴人様の⁉ なんで! あの方は、
掴みかからんばかりの勢いで言ってから、小鈴は口を押える。
「華貴人から、よくしてもらっていたのね」
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