【短編】悪役令嬢にざまぁされたくないので、お城勤めの高給取りを目指すはずでした

うり北 うりこ

ざまぁされるヒロイン転生


 ヒロイン転生をした。

 ヒロイン転生、ラッキー!! と思って、貧乏な子爵家の娘ながらも勉強を頑張って、奨学生となって学園に入学した。

 少しの不安も持たず、期待だけを胸に抱えて足を踏み入れた学園。

 蓋を開ければ、悪役令嬢になるはずの超絶美少女な公爵令嬢が既に攻略対象のハーレムを作っているではないか。

 

「あれ?」

 

 こんなことってあるの?

 そう思いながら、出会いイベントを待った。

 

 ここは、私が大好きだった乙女ゲームの世界のはず。

 だから、きちんとストーリーを進めていけば、推しを攻略できるはず。

 

 だけど、どんなに待っても出会いイベントは来ない。

 おかしい。めちゃくちゃおかしい。何がおかしいって、私が進めるはずのイベントをすべて悪役令嬢である美少女が進めてしまうのだ。

 そして、遂に私は気が付いた。

 

「ここって、悪役令嬢がヒロインの世界なんじゃ……」

 

 全てが繋がった気がした。

 どんなに待っても出会いイベントが起きないことも、悪役令嬢なはずの美少女が攻略を進めていることも、その理由は、悪役令嬢が主人公の世界だからなのだと。

 ということは、私の方が悪役になるの……か? ざまぁされちゃうの?

 

「ヒロインじゃなくて、悪役ヒロイン転生じゃーん」

 

 自分の言葉にダメージを受け、しょぼしょぼとその日は過ごし、寝て起きたら回復した。

 よくよく考えてみたら、貧乏子爵令嬢な私がハイスペック男子とランデブーとかが間違ってたのだ。


 前世を覚えているといっても、どこにでもいる普通の会社員だったし、ブラック企業でもなければ、人間関係に悩んていたわけでもない。

 連日の(ラノベやゲームが楽しくて寝なかっただけの)夜更かしが祟って、階段で足を滑らして落っこちて、気付いたら転生していたのだ。

 

「ハイスペックに生まれたことを感謝して、お城勤めを目指そう」

 

 このまま三年間という学生生活を奨学生として過ごせば、優秀だと証明できて、安定かつ高給取りのお城勤めができるのは間違いない。

 

「いやー、夢見させてもらったわ。今日からは現実を見て生きていこうっと」

 

 なーんて思ったのだが、現実はそう甘くはなかったようで……。


 

「マリアン様の万年筆、なくなってしまいましたの?」


 クラス中に響き渡るような声で、悪役令嬢であり、この世界のヒロインであるマリアンの腰巾着をしているアザレアが言った。


「どこに置き忘れてしまったのかしら。気に入ってましたのに……」

「本当に置き忘れでしょうか……。私も手鏡とハンカチがなくなってしまいましたわ」


 アザレアは真剣な表情で声を潜めて言った。

 けれど、既に注目を集めているので、声を潜めたとしても無意味だ。むしろ、ただ騒ぐだけよりも深刻さが伝わってくる。


「アザレア様もですの? 私も髪留めがなくなりましたわ」

 

 私も……と一人が言い出せば、次々と自己申告をする令嬢が出てくる。

 何だか不穏だな……と様子を眺めていれば、一瞬だけどアザレアが口の端を上げた。


「こんなにも被害が出るなんておかしいですわ。もしかして、誰かが盗んだんじゃ……」


 何かを企んでいるのは明白で、関わりたくないな……とトイレに避難をしようとした。だが、アザレアの視線は明らかに私を捉えている。

 

「あの……何か?」

「このクラスでお金に困っているのって、カミレさんだけだなぁ……と思っただけですわ」

 

 ……ん? 私が盗んだと?

 

「そうですか。でも、私は高級品に興味がありませんので、私じゃないですね。私の好みは安くて便利なものなので」

 

 そもそも、若いお嬢様方が持っている高級品は、ごてごてと装飾が凝ってるものが多くて好みじゃない。マリアンの持ち物は洗練されてるなぁ……って思ったことはあるけど、やっぱり欲しいと思ったことはない。

 身の丈にあった物でいいんですよ。高すぎる物は緊張するんで。


「あら、言い逃れですの? カミレさん以外はみんな盗まれてますわよ。これが証拠じゃなくって?」

「……私のものを盗む人なんて、いるんですか? 町の商店に売ってるものですよ? 皆さんのものと違って、貴族御用達でも特注でもないですし」


 いらんでしょ。誰でも購入できるものなんて……。


「で、でも、盗む動機があるのはカミレさんだけですわ!!」

「つまり、アザレア様は私が犯人だと言いたいんですね?」

 

 面倒になり直球で聞けば、アザレアは明らかに、狼狽うろたえた。

 

「あなたが疑われるような人物であることが問題なのですわ!! 他の人は盗む動機がありませんもの。ロッカーや鞄の中を確認させてくださいまし!!」

「いいですけど……」

 

 ここまで自信満々ってことは、何か仕組んだんだろうなぁ。

 

「まずは鞄を出してくださる」

「出すも何も、机の脇にかかってますけど」

「……? ありませんわよ?」

「これ、私の鞄です」

 

 そう言って指差したトートバッグ。なかなか頑丈にできているお気に入りだ。

 けれど、生粋のお嬢様にこの素晴らしさは伝わらなかったらしく、明らかに困惑している。

 同情の視線を複数感じるのは、気のせいだろうか……。

 

「学園指定の鞄はどうなさったの?」

「支給して頂いたものは家で大切に保管してあります。入学式などの式典時は、そちらを使用するので」

 

 嘘は言ってない。卒業したら、売れないかな? って思ってるけど、学園にいる間は大事に保管していく予定だ。

 流石に、学園に在籍している間は奨学生として支給してもらったものを売ったりはしない。

 

「鞄の中でしたよね。どうぞ確認してください」


 そう言って勧めれば、アザレアは変な顔をしながら、鞄の中身を出した。


「これは、何ですの?」

「お昼ごはんですね」

「これは?」

「水筒です」

「……これは?」

「ノートです」


 ノートは誰が見ても分かるでしょ? なんて思いながら答えていくと、アザレアは妙なものでも見るように、私を見た。


「教科書がありませんわ」

「机の中に入ってますよ」


 その答えに、机の中にビッシリと詰まった教科書をアザレアは取り出した。


「これ、あなたのものじゃありませんわよ」

「そうですね。毎朝、学園内の図書館から借りてきてるんです。徒歩通学だと重いんですよ。支給してもらったものは、自宅学習用ですね」


 嘘じゃない。折り目がつかないように、狭めに開けて読んでるけど、自主学習に使用している。

 学園を卒業したら、これも売れたらいいな……と思ってるから、すごく丁寧に扱ってるんだから。


「まさか、持ち物はこれだけですの?」

「そうですよ。徒歩通学なので、荷物が重いと大変ですし……」


 あれ? 何か、アザレアが震えてるんだけど。


「鞄の中にも、机の中にもありませんでしたから、次はロッカーですわ」


 何で涙目なの?

 冤罪えんざいをかけられて、荷物を調べられているの私だよ?

 あなたが泣きそうなのは、違うよね? 


 モヤモヤするが、どうしようもない。

 教室の後ろに並べられたロッカー。その前で少しだけ迷った様子を見せたが、アザレアは意を決したのように開けた。

 すると、そこには予想通りの物が入っていた。


 手鏡やハンカチ、髪留め、ポーチ等、私からすれば見覚えのないものだ。


「カミレさん、どういうことですの?」

「どうって……」


 言われてもねぇ? 見つかって良かったですねって言ったら、怒るんでしょ? 他に言うことは何もないんだけど……。


「カミレさんのロッカーですわよね? もう言い逃れできませんわよ」

「そこ、私のロッカーじゃないですよ」


 そもそも、私はロッカーを使用していない。


「鍵はかかってなかったですよね? 誰でも使えますし、犯人が私だというのは早計そうけいではないでしょうか」


 うーん。詰めが甘い。

 自分がヒロインだと信じていた時に、ロッカーなんて狙われそうな場所はさっさと先生にお返ししたんだよね。

 イジメられるとしたら、机、鞄、ロッカーが狙われるのは昔から相場が決まっているからねぇ。

 まさか、こんなことになるとは思ってもいなかったけど。


「あ、私のロッカーじゃないことは、担任の先生に聞いてくだされば、確認が取れますよ」


 危ない危ない。証言してくれる人は、きちんと伝えておかないと。

 ロッカーを持っていないのは私だけだし、元々私の場所だったから難癖をつけられたら嫌だもんね。


 うーん。何も言わなくなっちゃった。

 もういいかな? いくら昼休憩が長いとはいえ、随分と時間を消費してしまったし。


「あの、お昼を食べてきても……」

「これ、マリアン様の万年筆ではありませんか?」


 アザレア以外の声に視線を向ければ、一人の令嬢が私の机の奥から一本の万年筆を取り出した。

 思わぬ伏兵にアザレアを見れば、アザレアまで驚いた顔をしている。

 仲間じゃないんかーい!! と心の中でツッコミつつ、どうしたものかとため息をつく。


「あっ! 思い出しましたわ!! 私、その万年筆をカミレさんに差し上げましたの。ね、そうですわよね!?」


 パチーンとウィンクをしながらの、マリアンからの助け船。

 その瞳は、これで大丈夫だわと言っている。

 でもね、その助け船は泥船だ。乗ったが最後、私が盗んだ犯人になる。


「いいえ。万年筆はもらっていません。お気遣い、ありがとうございます。お気持ちだけ頂きますね」


 ハッキリと言い切れば、マリアンの取り巻きである攻略対象者たちに睨まれた。

 睨まれようと、泥船なんかに乗ってたまるか。


「さっき机の中を確認した時、奥には何もありませんでしたよ」

「そうですわ。私も確認しましたが、何もなかったですわ」


 んぇっ!? アザレア、こっちにつくの?

 驚いてアザレアを見れば、当の本人も驚いた顔をしている。何なら、顔に「しまった!! やってしまいましたわ!!」と書いてある。オロオロしちゃってるし……。

 貴族の世界は化かし合いなんじゃないの? そんなに全部顔に出てて大丈夫なの?

 何だか、アザレアが不憫ふびんになってきた……。


「あの、もうやめませんか? 無くなったものもでてきましたし、これ以上、犯人探しをする必要はないと思いますわ」


 マリアンの一声に、何となく犯人探しは終了の雰囲気となる。

 だが、このまま終われば私が犯人なのだと皆の心に残る。それは、とても迷惑な話だ。

 マリアンは、善意でそう言ってますという雰囲気だけど、果たして本当にそうなのだろうか? 彼女が口を開くたびに、窮地きゅうちに立たされている気がする。

 うーん。どうしようか……。


「私、このままなんて不安ですわ。この中に盗みをする人がいるかもしれないんですのよ? 安心して学園に通えませんわ!!」


 アザレアが声を上げれば「確かに怖いわよね」「不安だわ」という声が強まった。

 アザレアは、私を陥れたいのか、助けたいのか、どっちなのだろう……。


「それなら、オレが監視するよぉ」


 へらりと笑いながら、マリアンの取り巻きの一人であるレフィトが手を挙げる。

 レフィトは騎士団長の息子であり、攻略対象者だ。彼はいつも笑っており、誰にでも友好的という表の顔を持つが、実は人間嫌いで心から笑ったことはなく、ヒロインが現れるまで誰にも心を許すことができない設定だった。

 

「カミレ嬢が犯人っていう証拠もなければ、犯人じゃない証拠もないんでしょ? それで、みんなはカミレ嬢を疑っていて、安心して学園生活が送れない。これって、大問題だよねぇ。だから、オレがいつでも監視しとくから、みんなは安心して学園生活を送るといいよぉ。女子だけの授業の時は、アザレア嬢に監視をお願いしてもいいかなぁ?」

「それは、構いませんが……」

「それじゃ、決まりだね!! さっそく、今から監視をはじめるねぇ。カミレ嬢、よろしくねぇ」

 

 そう言いながら手を差し出され、反射で握ってしまった。

 

「仲良くしようねぇ」

 

 何故かレフィトと握手を交わし、そのままお昼を持って屋上へと連行された。

 

「うわぁ。見事なくもり空。まるで、カミレ嬢の心の中みたいだ」

 

 表面上はケラケラと楽しそうに笑うレフィトに、疑問が止まらない。

 何で、私を助けてくれたのだろうか。いや、あれは助けたのか? うーん。よく分からない。

 

「……ありがとうございます?」

 

 お礼を言えばいいのやら、違うのやら。よく分からない。

 けれど何も言わないのもなぁ……と、とりあえずお礼を言えば笑われた。

 

「ねぇ、マリアンって本当に善意で言ってたのかなぁ?」

「さぁ、どうでしょうね。パッと見は善意に視えましたけど、心の中まではなんとも……」

「だよねぇ。善意で行動しているように見せかけているなら面白いけど、心から思ってるなら、ただのバカだもんねぇ」

 

 レフィトの言いように、確かに……と納得してしまう。

 それと同時に、マリアンに恋していなかったことに驚いた。

 

「オレさぁ、マリアンの善意なのか、善意に見せかけた悪意なのか分かりにくいところが面白くて好きなんだよねぇ」

「はぁ……」

 

 突然聞かされた内容に、こいつ正気じゃないな……と思わず半目になった。そんな私を見て、レフィトはくつくつと笑う。

 

「でもさぁ、カミレの方が面白そうだもんねぇ。何で、その鞄なのぉ?」

「指定鞄を汚さないためですけど……」

「ふーん。どうしてぇ?」

「どうしてって……」

 

 言えるわけない。売れたらラッキーって思ってるなんて……。

 

「教えてくれたら、カミレの味方をしてもいいよぉ。これから先、またカミレを陥れようとしてくるだろうし」

 

 気付いてたのかぁ。そうだよね。行き当たりばったり過ぎて、陥れようとしてるのがバレバレだったもんね。

 味方がいると心強いけど、本当に味方になってくれるのか分かんない相手を信じるのもなぁ……。

 

「信じるのも信じないのも自由だけど、その鞄を使ってる理由を言うだけなんだから、ダメ元で言えばいいのに」

「ダメ元じゃ駄目じゃん」

 

 思わず口から出た言葉にレフィトは目を瞬かせると「確かに」と笑う。

 その笑みが、はじめて作り物じゃないように見えて、言ってもいいかな……と思う。

 

「綺麗な状態なら売ろうかと思いまして……」

「……ん?」

「鞄が綺麗な状態なら、売れないかな……と」

「……売るの?」

「買い手がつくならですが」

「もしかして、教科書も?」

「そうですね。売れたら嬉しいです。もちろん、卒業してからですけど」

 

 察しがいいなぁ……と感心していれば、レフィトの口がモニョモニョと動いている。

 どうしたんだろう? と思いながらも、お腹空いたのでお昼のサンドイッチを食べていれば、ゲラゲラと笑われた。

 涙を流しながら、ヒーヒー言っていてもイケメンはイケメンなことに驚きつつ、着々とサンドイッチをお腹におさめていく。

 

「オレ、カミレのこと気に入っちゃった」

 

 涙を拭きながら、レフィトは言う。だけど──。

 

「そういうのは、間に合ってます。欲しいのは味方だけなんで」

 

 キッパリ、ハッキリ、断っておいた。

 そういう恋愛フラグはいらない。悪役令嬢にざまぁされたくないからね。

 それなのに、レフィトはまたまた大爆笑。

 心から笑ったことがないっていう設定は、どこに行ったの!? あれか? 既にマリアンに心を開いてるから問題ないとか?

 でもなぁ、心を開いてるようには見えないんだよね……。

 

「カミレって面白いなぁ。欲しくなっちゃった」

「…………はい?」

「オレと婚約しようよ。一生、お金には困らないし、大切にするよ?」

「いえいえいえいえ!! 結構です!!!!」

 

 嫌だよ。何で、折ったのにまたフラグ立てんのよ?

 私に恨みでもあるの?

 

「うーん。でもなぁ、もう決めたから諦めよっか!!」

 

 諦めよっか? いやいや、何でそうなるのよ。

 

「諦めることも、婚約することも、お断りします!!」

 

 私の宣言にゲラゲラ笑うこの男は誰だ。人間不信はどこ行った?

 

「代々騎士の家系のうちから、婚約の打診が行ったらどうなると思う?」

「そんなの断れるわけ──」


 にんまりと笑うレフィトに、ザァーっと血の気が引いていく。


「私、将来はお城勤めの高給取りに……」

「騎士団勤めも高給取りになれるから、安心して。まぁ、オレと結婚するから、働かなくてもお金に困ることはないけどねぇ」


 突如、決められた未来。

 ざまぁされる道が開かれてしまった。


 青ざめる私に、レフィトは瞳を細める。


「逃さないよ?」


 まるで歌うかのように告げられた言葉に、頬を引きつらせることしかできなかった。


 この時の私は知らないのだ。レフィトのおかげで想像以上に平和で穏やかな学生生活を送れることを。

 そして、彼に惹かれていくということを──。

 

 

 ──END──

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