第34話 英雄が眠る霊廟

 藤の模様に彫刻された大きな鉄扉を押し開く。


 ただでさえ今は全身で押さねば開かないのに、油圧の仕掛けで勝手に閉まろうとするから、私たちは半ば滑り込むように霊廟へ入らなければいけなかった。

背後で鉄扉の閉まる音がする。


 怪物同士が激しく戦っている外の音がスッと聞こえなくなる。


 束の間の安堵に、胸を撫で下ろす。


 くたびれて尻餅を突きそうになった私の尻を教授が杖で叩いた。


「いッてえ! 仮にも乙女のケツだぞ、クソ教授!」

「卒業試験で『これが男の散り際だ』何だのと、泣き言を吐いていた癖に今更何を言ってる」

「紳士ぶるなら淑女レディのスキンシップには気を付けろッつってんだよ」

「ハハ、淑女ね。吾輩からすれば、貴様などまだまだ尻の青いガキだ」


 つい数日前の私なら心底憎らしく思っていた筈の会話。


 それが今では、彼と言葉を交わしている事が心から楽しく感じられる。


 確かに教授の言葉は、トゲだらけで皮肉たっぷりな物言いがある。しかし、今となって思えばその奥底には、相手を上にも下にも置かず、正しく対等の立場として接するという、まるで親しい友達同士がする抱擁にも似た優しがあったのだ。


「さて、どうせ悪ガキの貴様は霊廟なぞ見飽きているだろうが……」


 教授が杖の石突で、霊廟の空間中央を指す。


 霊廟。殉国、救国の英雄が眠る場所。


 丁寧に組まれたドーム状の石組みの空間は、冷たく、微かに空気が湿っている。地面から壁にかけて深い苔が生し、天使の階段を思わせるような光を降らせる天蓋付近には、異国、不老藤の藍色が満開に咲いている。


 地面は天蓋の真下に向かって隆起しており、その表面には、無数の小さな墓が立っている。


 メカチャック教授は、その中央にあるとりわけ大きな墓石を示していた。


「あの墓の所まで行くがいい。急げ。あまり時間がない」

「いや、ただの墓だろあんなの。どうしろって――」


 そうして振り返った時、教授の体は端から砂になって崩れ落ちていた。


「すまない。空元気というやつだ」

「ハッ……ハア!? ふざけんなよ。余裕ぶっこいてたくせに!」


 教授が膝から崩れ落ちたので、私は咄嗟に彼の体を支えた。


「無事なんだろうな。アンタの本体は」

「さあ、分からん」

「分からんって何だよ。いつもみたいに調子ぶっこいてろよ。吾輩は天才だって、テメエいつもそう言ってんじゃんかよ!」

「大丈夫だ。大丈夫……」


 教授はしばらく腕に抱かれながら私を見ていた。私の目を見て、私の髪を見て、皺の寄った眉間をゆっくりと見回していた。そうしている間、彼はずっと「大丈夫」と念を押すように言うばかりだった。


 やがて、教授の体が完全に砂に還ろうとした時、彼は言った。


「心配するな、アカシ。吾輩だけは死なない。ずっとお前の傍にいる」

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不良娘、やれるもんなら異世界救ってみろ 八柳 心傍 @yatsunagikoyori

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