第33話 マカブルの十字架
「そのマヌケ面はなんだ。フロムオード君」
高潔さを併せもった気品のある、耳馴染みのある声。
紳士の装いをした小柄なシルエットが、杖の音とともに廊下の奥からやってきたのを見ると、私を蝕みつつあった恐怖は蜘蛛の子を散らすように消え去った。
「〈鉄の巨人〉……マカブルの亡霊」
彼がそう唱えると、私を背にして骸骨の砂鉄像が現れた。ケレスに比肩する巨躯をした、ボロボロの黒い司祭装束を着ている。男の骨格に見えるが、その発達の具合は明らかに人間のものとは常軌を逸していた。
その時、私の首に掛かったていた十字架が突然震え出したかと思うと、ネックレスから離れてあのアンデッドの元へと飛んでいく。そこで私は思い出した。ドミニクがくれたこの十字架。彼は確かこれを「マカブルの十字架」と呼んでいたのだ。
十字架は、細長く丸みを帯びながら伸びて、その交差した左側へ巨大な刃を生じさせた。斧と呼ぶほかに形容する言葉が見付からないが、それは聖職者が持つには全く相応しくない禍々しく歪な斧だった。
マカブルと呼ばれた亡霊の目に、赤黒い火が灯る。地獄の釜から木霊す亡者のような絶叫。彼は手に携えた巨大な斧を引きずりながら、ケレスへと斬りかかる。
あのアンデッドの砂鉄像は私よりも強いのだろうが、しかし、今のケレスにその程度では足止めにもならない事は明白だった。
その予想に反して、ケレスに驚くべき変化が表れた。
蛇行剣がみるみるうちに小さくなる。
それは刃渡り50センチほどの幅広な小剣に姿を変えたのだ。先ほど振り回していた蛇行剣と比較して、どう考えてもナマクラと言っていい簡素な武器である。何故、あんなものを……?
マカブルとケレスが激しく武器を打ち合う傍ら、教授が私の元までやってきた。
「遠目に見ていたぞ。原初精霊の定義について講義をしっかり聞いていたようだな。流石、座学だけは優秀だっただけの事はある」
「座学だけって……いや、そんな事より。あれは一体どういうワケなんだよ?」
「ドラマに縛られている。ただそれだけの事だ。なに、捻りもない昔話だよ」
教授は私の左肩の様子をチラリと盗み見ながら、何も深刻ではないように話をした。
「さあ、今のうちだ。霊廟に入るぞ」
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