日をめくる物語
寝袋男
1
皆さんはアドベントカレンダーなるものをご存知だろうか?クリスマスまでの期間に日数を数えるためにビンゴの様に窓を毎日ひとつずつ開けていくカレンダーである。
その窓には写真やイラストに詩の一節、はたまた飴やチョコレートなどの菓子が入っていて、それを皆楽しみに毎日開けるわけなのだ。
そして、すべての窓を開け終わるとクリスマスを迎えたことになる。
そんなカレンダーをめぐる、もといめくる物語である。
神道大国ニッポンに生まれ、敬虔には足元にも及ばない仏教徒家庭で育ち、先祖代々の宗旨すら知らない身の程で、よく知らぬ異教徒の聖人が処刑された日にチョコを想い人に渡し、十字架に貼り付けられた髭程度の認識の男の誕生日を家族で祝うといった、日本人特有のミクスチャーイベントを私みたいな捻くれ者が良しとするわけもなく、そんな私が何故アドベントカレンダーなるものを手にしたのか、そこから話そうと思う。
先に言っておく。私は非常に回りくどく、ここから先、皆様はむさ苦しくスレた文章が不毛に紡がれていく様を見届けることになる。
そして読み終わる頃には私同様捻くれた狂人になっているかもしれない。責任は取らない。
12月になってすぐのことである。
私は隙間風の差し込む部屋に耐えきれなくなって、宛てもなく下宿を飛び出した。
世間は迫るクリスマス、年末年始に向けて浮き足立ち始めていた。軟弱者どもがと心の中で悪態をつきながら、貧弱な脚を粉にして闊歩する。
「おやおや、こんなところで奇遇ですな」
この声は一度聴けば忘れない。同じサークルの崩島(クズレシマ)である。
我々は「机上ノ空論部」というサークルに所属していた。
日常を哲学して廻り、凡人視点では役に立たない机上の空論を打ち立てまくる、などと言えば聞こえは良いが、その実態はあり得べき桃色人生に想いを馳せるむっつりスケベの集いである。
「お前はこんなところで何をしている?」
「こんな時期に暖房が壊れてしまって、お店を廻って暖を取っております」
私と似たり寄ったり、どんぐりの背比べである。
崩島は相変わらずヨレヨレの黄色い浴衣にベージュのダッフルコートという珍妙な格好をしていた。しかしそういう私もボンボンのついた赤いニット帽を被って、赤いスタジアムジャンパーなんぞ着ているのだから、服にしたってどんぐりである。まるでトナカイとサンタだ。道ゆく子供に指を差される。故郷の母が見たら泣くか笑うか、笑いすぎて泣くというパターンも容易に想像がついた。宛てのない者が2人集まったところで宛ては生まれない。0に0を足しても0なのだ。3人寄っても0。寧ろ我々は誰かと掛け合わせても0にしてしまう程のアクの強い0であった。
根無草同士ふらふらと浮き足立つ人の波に揺られてあっちへ行ったりこっちへ来たり。食べたくもないものを試食させられ、抽選券を投げつけられ、気づけば福引の列に並ばされていた。
「おお、一等は大型テレビですなぁ」
「あんな大型テレビが当たったところで、我々の狭い城が更に手狭になって仕舞いじゃないか。それにあの薄い壁では、折角の大画面でも小さい音で楽しむようだぞ」
「はぁ、相変わらずロマンのない人ですね」
福引のガラガラという音が近づいてくる。先人達はティッシュ片手に寂しい顔で去ったり、そこそこのお菓子で満足した様な顔をしていたり色々である。
崩島の番が来た。崩島が福引機を回す。
ガラガラ、。
金かと思いきや出たのは黄色で、崩島にはアドベントカレンダーなるものが授与された。いよいよ私の番である。何、何だって良いのだ。
私の景品はティッシュであった。
「どうやらこの窓には、チョコレートが一つずつ入っているそうなのですが、私は生憎チョコレートアレルギーなのです。生粋の反バレンタイン戦士なのですよ」
そう言って崩島はアドベントカレンダーを私に寄越した。その代わりティッシュを寄越せと奪われた。
アドベントカレンダーを片手に家路に着く。
こんなものを持っているところを誰かに見られたらと思うと、気持ち早足である。
「散々クリスマスを日本人が祝うのはおかしいなんて言っていたくせに」と後ろ指を差される様な生き方を選んだ覚えはない。単純に後ろ指を差される様な生き方しか覚えがない。
さて、ついに自室に着いた、と想った矢先後ろから声を掛けられた。
「こんばんは」
隣の部屋に住む花房(ハナフサ)さんである。
花房さんは、私や崩島と同大学に通う女史であり、我々より一回生上である。少々サムライ感のあるポニーテールに毅然とした佇まいが美しく、私も一目置く存在であり、時たま口を利く数少ない女性の1人である。というより、私が口を利く女性は、母と大家さんを除けば1人である、が正しい。
「ん?何を持っているんですか?」
花房さんが私の後ろに回り込もうとする。
「ほほう、さてはピンクなやつですか?」
「し、失敬な!私はそんなもの観ません!」
無論ウソである。
「私はピンクなやつとしか言っていませんが」
花房さんがクスクスと笑う。観念してアドベントカレンダーを見せると、花房さんは一瞬驚いた顔を見せてから、にっこりと微笑んだ。
「私はアドベントカレンダーが大好きなんです」
そんな微笑みに負けて、私はアドベントカレンダーを毎日めくっていた。今日はどんなチョコレートが入っているのか楽しみにさえ感じ始めていた。そんな矢先の事件である。
12月16日の夜。
私は崩島と机上ノ空論部OB麦畑(ムギバタ)先輩を部屋に呼んで、鍋を囲んでいた。
「随分と硬い肉だなぁ。ゴムみたいだ」
「でも肉は肉です」
それぞれ持ち寄った肉をフガフガと火傷しそうになりながら頬張った。お供は安いウイスキーである。
鍋もひと段落して、崩島は寝落ち、私は麦畑先輩と2人で飲んでいた。
「先輩は、今どうしているんですか?」
「君とウイスキーを飲んでいる」
「仕事とかしていないのですか?」
「大学を出てからビタ1日働いた記憶がないなぁ。無論大学で勉学を修めた記憶もないのだが」
麦畑先輩が何かを努めたり、務めたり、勤めたりしている姿を一度も見た記憶がなかった。
「しかしね君、人間、どうにか生きてしまうものだよ。死ぬまではね」
麦畑先輩の口癖である。
0時を過ぎ、12月17日になってから1時間が過ぎた頃、麦畑先輩も柱に寄りかかりながらこくんこくんとなっていた。私は酔ってはいるものの、何故だか眠気が来ず、1人ウイスキーを啜っていた。飲み会の帰り道に思わずアイスや甘味を買ってしまう時の衝動同様、私は甘いものが無性に食べたくなっていた。アドベントカレンダーが目に入る。このチョコレート以外、我が家にあるのは角砂糖なけなしの3個である。
17日にもなったところだ。17日の窓を開けチョコレートを一粒だして口に放り込む。舌でじっくりと溶かしながらウイスキーを舐める。驚きの美味さだった。ウイスキーボンボンがあるのだから当然なのだが、私は20歳を越えて、初めてそれを体感した。一粒食べてさぁおしまいと出来る程、私はまだ大人になりきれていない様である。いや、むしろ大人だからこそチョコレートを何個食べようと自由なのである。
焼肉屋で網を洗浄するだの、新聞を配達するだの、大学に通いながら自身に労働を強いるのは、何も学費の為だけではない。好きなだけチョコレートを貪れる大人で居続ける為の努力なのである。安ウイスキーやゴム毬の様な肉に甘んじたとしてもチョコレートを好きなだけ貪る。これぞ大学生の本分である。しかし詭弁だ。
気付くと朝を迎えており、窓から差し込む朝日に目を突き刺されて覚める。
昨晩のむさ苦しいお戯れを勘定してみて、何故これほど頭がしゃっきりしているのか甚だ疑問である。起き上がると崩島も麦畑先輩もいなくなっていた。そしてウイスキーの瓶が転がっているわけでも、食べかけの鍋が置き去りにされているわけでもなく、ただただ粗末な四畳半があり、私はそこにいた。律儀にも片付けて帰るとは珍しい。一つあるのはアドベントカレンダーである。よく見ると、24日までしっかりと食べ切ってしまっていた。なんたることだ。恐るべきウイスキーの誘惑である。花房さんにこれを発見されない様にあと1週間過ごさなくては。
顔を洗って髭を剃り、シャツと下着を着替えて家を出る。
バイトに向かう道中、嫌に若者やカップルが街に溢れかえっていることに気づく。
なんだなんだ、もうクリスマス気分かと周りを見回す。
しかしながら、昨日よりも随分と、
「メリークリスマス」
振り向くと花房さんがそこにいた。
「随分と気が早いではないですか」
「メリークリスマスは、クリスマスを楽しみましょうって意味ですから、イブから使って良いんですよ」
はて、まだ17日なのにと腕時計を見るとキッチリ24日と表示されている。
冬だというのに嫌な汗が滲んできた。狂人を自認していたが、本当に人を辞任して狂人になってしまったのか。まさか安ウイスキーによる記憶喪失だろうか。ゴムみたいな肉が良くなかったのか。色々な記憶が呼び覚まされ、ぐるぐると脳内をめぐり、一つの結論に行き着く。
「アドベントカレンダーか!!!」
どうやら大人的自論なる詭弁にうつつを抜かして規定以上にチョコレートを貪った結果、私の日にちは嬉々とスキップしてしまった様である。
ウィキペデアにも「全て開け終わるとクリスマスになる」と記載されていたが、まさか。しかし事実である。
7日分全て食べ終わった私を、世界はクリスマスイブで包み込んだのだ。
花房さんと並んで無言で歩き、気付くと人気の少ない公園にたどり着いていた。
どうしたものか。説明したところで真実の狂人認定をされてしまう。狂人は自認するから良いのであって、他人、ましてや隣人やかわいい人にそれを認められては流石に可哀想な人である。これ以上可哀想な人になってなるものか。
私が悶々と黙っていると、口を開いたのは花房さんだった。
「今日は、予定がありますか?」
そういえばバイトに向かう道中であった。しかし24日といえばバイトは休み。店長が「若者はクリスマスに働くな」と言い、休みにされてしまったのだ、要らぬ気遣いである。私に予定などないのだから。あって崩島とホテルの向かいのビルから双眼鏡でバードウォッチングをするのが関の山。クリスマスに予定がある軟弱な男に見えますか?と胸を張ろうとしたところに、崩島が目に入った。
崩島は女性を連れて歩いていた。崩島は相変わらずの奇妙な風体であるが、お相手は実に小綺麗な美人であった。20メートル近く先だが、その距離でも育ちの良さが窺える。崩島のやついつの間に。そして崩島は私に気付かず、とても良い笑顔を披露して通り過ぎて行った。
「私は予定がなくて、良かったら一緒に遊びませんか?」
花房さんが控えめに微笑んだ。私は黙って頷くことしか出来なかった。
思えば花房さんに初めて出会ったのも冬であった。
隣人からのお裾分けイベントなど創作物の中だけと思い込んでいた私は、突然の彼女の来訪にびっくりしたものである。そして彼女のシチューはとても美味しかった。
それからというもの、彼女は事あるごとに料理や菓子を作り過ぎ、貧乏学生である私の胃袋の一端を担ってくれていた。
何かお返しをと思い続けて早2年、返したものと言ったら実家から来た果物を一度分けたこと、旅行土産を渡した事、私と崩島の掛け合いを壁越しに聴かせてお茶の間に笑いを届けた(これは騒音と相殺であるかもしれない)程度である。
そして今日はクリスマスイブである。
花房さんの「アドベントカレンダー大好き宣言」によって、私は少なからずクリスマスを意識していた。
彼女にお返しをするのにうってつけじゃないか、と。
そのプレゼントを考え続けていたわけだが、過去にクリスマスを祝ってこなかった人間が早々プレゼントを思いつくわけもなく、2週間近くを浪費し何も浮かばなかった。
そして突然のイブの到来。
どうしたものか。それに私の格好と言ったらなんだ。
相変わらずサンタ感のあるニット帽にスタジアムジャンパーである。私は謝りながら一度家に戻って、少しはマシな服を探した。と言っても、大した服は持ち合わせていない。そんな中でも一張羅、大学進学の際に仕立ててもらったスーツである。流石にかしこまり過ぎだとは思ったがこれしかない。急いで着替える。すると、胸ポケットに違和感があり、手を入れると綺麗にラッピングされた小さな箱が出てきた。
どうやら、アドベントカレンダーを正しく開けた世界線の私は、無事にプレゼントを考えついたらしく、こうして一張羅に忍ばせておいたと見える。なんだか未来の自分に負けた様で複雑な心境である。しかし、これでもう整った。
メリイクリスマスである。
他人の色恋の細部など誰が聴きたいものかと私は思う。それを証拠に私は崩島にクリスマスについて質問していない。彼も私にクリスマスについて質問しなかった。
そういうものなのだ。だから、私と花房さんがどうなったかについて、ここで言及するつもりはない。
成就した色恋ほど、書くに値しないものなどないのだ。
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