38. 鳳くんの最善なる日常


 翌日。


「やあ、おはよう智くん」

「おはよう、セシルさん」


 教室にはすでにセシルさんがいて、いつものように挨拶をしてくれる。もし昨日僕が負けていたら、今頃もう会えなくなっていたはずだ。ほんと、頑張ってよかったぁ。


「体はもう大丈夫かい?」

「まぁね。ところどころ痛いけど問題ないよ」

「たくましいね」


 セシルさんと話していると、珍しいことに高宮さんが近づいてきた。

 落ち着かないように目線を泳がせながら何か言おうとしている。

 

「えっとその……この前は、悪かったわよ……ちょっと言い過ぎたってゆーか、まぁ、別にアンタのこと嫌いなわけじゃないから」

「え? どうしたの急に?」

「べつにっ、た、ただ言っておきたかっただけ! ってかなによ、今日はいつも通りじゃない」

「……? 僕はいつもこうだけど?」

「いやいやいやいや。昨日の調子こいた感じはどうしたのよ」

「ああ、ネオ鳳改のこと? あれはもう封印したよ。危険だからね」

「ネオ……なんか良くわからないけど、まぁ、あーしは良いと思うけどね。ああいう鳳も」

「良いって?」

「……っ! うっざキモ死ねっ!」


 暴言を残し、高宮さんは顔を赤くしながら去って行った。取り巻きの半熟三銃士の二人がこちらを見てクスクスと笑っている。いったいなんだというのか。まぁとりあえずわだかまりが解けたのは良いことだ。


「あいつら……許せん」


 気がつくと、僕の背後に彩奈が仁王立ちしていた。気に入らないといった顔で高宮さん睨みつけている。


「お、おはよう彩奈……」

「智、気をつけなさい。ああいう女は何をしてくるか分からないから」

「え? 高宮さんのこと? 今さっき仲直りしたばかりだし大丈夫だよ」

「そういう意味じゃないわよ」

「じゃあどういう意味?」

「しね」


 彩奈は不機嫌そうに席へと戻って行った。なんなんだほんと。朝っぱらから二回も死ねって言われちゃったよ。言霊発動事故って異世界転生チート俺tueee展開待ったなし。追放ざまぁもう遅いも付けておこう。ええい! ハーレム悪役スローライフも乗せとけ乗せとけトッピング全部乗せだコノヤロー! と、胸躍る展開にすら今の僕は憧れない。なぜなら横に世界一可愛い彼女がいるからだ。その名もセシル=カプチュッチュ=ブラディール。僕にとっての幸福は彼女と歩む道の先にある。第二の人生など必要ない。僕はこの一生だけでつかみ取って見せるのだ。本当の幸福を、真実の愛を。まごうことなき最善を。


「ふふ、モテモテだね。智くん」

「そうかな? でも僕にはセシルさんがいるからね」

「ああ。きっと君は私を裏切るようなことはしない。昨日の雄姿を見て分かったよ」

「もちろんだとも!」


 セシルさん優しく微笑む。

 順調だ。僕とセシルさんの関係は順調に進展している。

 もう血だけの関係じゃないはずだ。僕があんなに頑張れたのは、きっとセシルさんを心から好きだからのはず。そう言いきかす。


 ……あれ、どうして言い聞かさなくてはいけないんだ?


 僕は、セシルさんのことを本当は――


「どうかしたかい?」

「えっ、あいや、なんでもないよ!」


 僕は考えるのをやめ、セシルさんとの会話に集中することにした。

 今はまだ答えを出すときではない。言語化できるほど単純な話でもない。だからまだ、焦る必要はない。くだらない理屈も、できあいの感情も、低俗なエゴもいらない。ただ感覚Yの赴くままに、フィルターのない世界を生きるのだ。


 ラブコメはまだ始まったばかりだ。彩奈や澪のこともある。それでも今は、恋人といられるこの時間を大切にしようと思う。きっとそれが最善だ。たとえその果てに、どんな結末が待っているのだとしても。僕は最善を選び続けよう。この先も、永遠に。僕と君が幸せになれる、その時を願って。

 





 ◇◆◇◆◇





 夜風がススキを撫でるとある古びた神社の境内。

真っ赤な着物に身を包む黒い髪の少女が、夜空に浮かぶ青い満月を見上げていた。


「鳳智……」


 己を神様と言って慕う少年。

 呟いたその名が、夜の暗闇に溶けていく。

 自分はここにいる。確かに存在している。神様として。しかしその力は、とてもか弱い。とても奇跡など起こせるものではない。そのせいで、救えなかった。かつて愛する人のために何もかもを犠牲にした吸血鬼。久しぶりに会った彼は元気そうではあったが、やはり後悔をぬぐい切れてはいないようだった。そんな彼に、少年は言った。


 『――僕が証明しますから!!』


 その瞬間、彼の心で何かが動いた。

 少女にはわかる。神様だからではない。それは、少年が感覚Yと定義するもの。

 無意識の、感情の形。

 彼なら救えるかも知れない。

 少女は期待を込めて笑う。


「楽しみにしておるぞ……少年。おぬしがを果たすのを。そしてどうか――」


 もう一つの世界。もう一つの因果。

 神様である少女は、今もなお捕らわれ続けている。償うことも許されない過去のあやまちに。罪の鎖。背負わされた十字架。長きを生きることの残酷さ。


 ゆえに、縋った。無垢な少年の心に。少しの罪悪感とともに。願った。願ってしまった。それがこれから先の少年の人生をどれだけ左右するか分かっていたにも関わらず。

 


「――この哀れな神様を救っておくれ」

 


 風が止む。幻は跡形もなく、消えた。


 残された静謐はただただ次の風が吹くのを待つのみ。


 淡く儚い月明かりに照らされ続けながら、


 だだ、待つのみ。



 


 







◇――――◇――――◇――――◇――――◇


あとがき


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

この話を持ちまして、第一章終了といたします。

カクコン10用に執筆したというのもあり、続きを書くかどうかはカクコン10の結果次第になりますが、落ちても読者様からの反響によっては続けるかもしれません(なんて言いながら割とすぐ始めちゃうかも?)

よければ読者選考通過の為、☆やフォローで応援していただけるとありがたいです。もちろん楽しめた方だけで構いません。☆は大事にってね。本当にいいと思った作品だけに入れましょう。ってなんの話だ。


こほん。では気を取り直しまして。

ここまで付いてきて下さった皆様、本当にありがとうございました。

本作を読んでくださった皆様の人生に一つでも笑顔を増やすことができたのなら幸いです。


それではまた会えることを願って。アデゥー☆





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隣の席の銀髪巨乳吸血姫に懐かれたのですが、疎遠だった幼馴染みとナマイキ妹までデレて、ぐいぐい迫ってきて困っています 神宮 筮 @mayo9029

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