37. ご褒美タイム


「え、あの……カイルさん、もしかして……?」

「そうか、お前にもこのガキが見えるのか」

「あ、はい」


 信じられない。まさか僕以外に神様を認識できる人がいるなんて。これで神様の存在は確定した。これまで主観でしかなかったものが客観となる。

 しかし僕とパピー以外には見えていないということは、神様を認識するには一定の条件、或いは素質が必要なのかも知れない。


「なるほど、それじゃお前も……」

「?」


 パピーは何かを言いかけ、そのまま口をつぐんだ。

 

「そういうことじゃ。小僧」


 神様がしたり顔で笑った。

 二人の態度から察するに、顔見知りであることは間違いない。カイルさんは罰の悪そうな顔をして頭を掻いた。


「小僧って呼ぶな。ババア」

「バッ……!? こんの無礼者が!! まったく、どうしてこんな捻くれ者に育ってしまったのじゃ。昔はわしにゾッコンだったくせにのぉ」

「誰がゾッコンだよ捏造してんじゃねぇよ」

「素直じゃないのぉ。少しはこの少年を見習え」


 パピーは大きくため息をつくと、再度タバコを取り出し火をつけた。


「え? なになに? どうなってるの?」


 澪が戸惑いの声を上げた。セシルさんと彩奈も混乱しているようだ。


「もういい、帰るわ」


 パピーはタバコを咥えたまま家に入ると、部屋の奥からキャリーバッグを持って出てきた。僕は咄嗟に呼び止めた。


「あ、あのっ!」

「ん? なんだ?」

「え、いや」


 まるで先ほどまでの戦いがなかったかのように軽い調子で返事をするパピー。

 なるほど、結構ドライな性格なのかも知れない。

 それでもこれだけは言っておこうと思った。


「ありがとうございます」

「なにがだよ」

「いろいろです」


 最後の腕ひしぎ十字固め、パピーが本気を出せば返せたはずだ。でもしなかった。それは最後に僕が言ったことを信じてくれたからだと思う。パピーが僕に二度目のチャンスをくれたのだってもしかしたら……ってのは考えすぎかな?


「もしセシルを泣かせるようなマネしたら、本当に殺すからな?」

「分かってます」

「……ライルだ」

「え?」

「俺の名前だよ……ふん、じゃあな」


 そうしてパピーはキャリーケースを引きながらイギリスへと帰って行った。

 気づけば神様の姿も消えていた。


「なんかよく分からないんだけど、とりあえず終わったのよね?」

「うむ。一件落着だな」


 そう言われるとなんだか軽い感じがする。結構頑張ったんだけどな。


「それじゃ、ご褒美タイムといこうか」


 セシルさんが唇を近づけてくる。が、彩奈と澪がそれを阻んだ。


「ちょっと! なに勝手にキスしようとしてんのよ!」

「危ない危ない……油断も隙もないわね……」

「おい、邪魔しないでくれないか。私は智くんの恋人だぞ? キスぐらい当然」

「兄さん……んまっ♡」


 セシルさんが言い終わるより先に、澪の唇が右の頬に触れた。


「おい! ずるいぞ!」

「んじゃ私もっと」


 続いて左頬に彩奈からのキス。それを見たマイケルくんが「オレモ……」と言って唇を尖らせたので僕は咄嗟に「やめろっ!」と叫んだ。するとマイケルくんはHAHAHAH! と笑い「ジョウダンダ」と言って立ち上がった。


「マイケルくん。協力してくれてありがとう。君のおかげだよ」

「ドウイタシマシテ。ヨカッタナ、タイセツナモノヲウシナワナクテ」


 そう言ったマイケルくんの目はどこか遠い所を見ているようだった。もしかするとマイケルくんもアメリカで色々あったのかも知れない。彼にも彼のラブコメが、なんてね。

 

「オレハカエルヨ。ジャアナ」

「うん。また学校でね!」

「アア」


 マイケルくんが手を振り去っていく。

 

「智くん」


セシルさんの声に反応すると同時、柔らかな感触が唇に触れた。


「「あーーーーーっ!!!!」」


 甘酸っぱい香りに包まれながら、わずかにぬるっとした感触に、ああ、粘膜が触れ合うってこういう感じなのかと実感。同時に心臓が高鳴り恥ずかしさに顔の熱が上がっていくのを感じた。両隣で戦慄いている二人のことを思い出し、僕は自分から唇を離した。ほんの数秒の間だったが、しばらく頭から離れ無さそうだ。ちょっぴり後悔。もう少ししてればよかった。セシルさんはにこっと笑って舌で自分の唇をなめた。僕もつられて同じように唇をなめた。セシルさんの味がした、ような気がした。実際には無味無臭であったが、なんだろう……すごく、おいしいです。うわっ、きもっ! 僕はきもい思考が表情に出ているかもしれないと不安になり思わず顔をそむけた。


「ちなみに私はファーストキスだ」

「僕もだよっ」

「そっか。それはよかった」


 嬉しそうに笑うセシルさんの頬はほんのりと朱色に染まっていて、それを見てますますドキッとした僕の感覚Yはかなりちょろいのかもしれない。


「あ……っが、……ぐぁ……ご……っ」


 澪が泡を吹いて倒れた。

「澪ちゃん! しっかりして! 救急車! 救急車呼んで!」

「ふっ、嫉妬の炎に焼かれて灰となりたまえ」

「許さない……智の初めてを奪うなんて……絶対に許さない……っ」

「ふはは、これから先、智くんの初めては全て私がいただく所存だ」

「この……っ」


 彩奈がセシルさんにとびかかりもみ合いになる。これはこれでなんだか尊い光景だった。新たな癖に目覚めそうだ。

 

「くそっ、この胸かっ……! この胸が悪いんかっ!?」

「おい、そこはやめっ、んあっ」

「うわ、すごい重量感……」


 彩奈がセシルさんの胸を揉みしだく光景を、僕は賢者のようなまなざしで眺める。

 天国とは至るところではなく、見出すものなのかもしれないなと思った。


 なにはともあれ一段落。

 これでまた一つハッピーエンドに近づくことができたのだ。

 きっとこんなのはまだまだ序章で、これから先もっと過酷な障害が待ち受けているかも知れない。

 それでも、僕は自分の選択を信じ続け、進んでいこうと思う。セシルさんと一緒に。運命も、未来も、幸福も、愛も、



 すべてが最善でありますようにと、祈りながら――

 


 


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