第34話 エピローグ

 数日後、医師によりジョアンの妊娠が確認される。

 デクスターは喜びのあまりジョアンを抱き上げ振り回しそうになり、王妃から大目玉を食ったのはおまけの話。


「妊娠三か月か……男だろうか。それとも、女か?」


「さすがに、わからないですよ。まあ、生まれてからのお楽しみということで」


 ジョアンの匂いが止まっていたのは、妊娠したからだった。

 これで、安心して心穏やかに出産に備えることができる。


 王妃のエリスは、後世に残す資料としてジョアンの記録を始めた。

 今後も現れるであろう『特異体質』の者が少しでも安心して暮らせるようになればと、ジョアンも進んで協力をしている。


 ただ、匂いを止める方法(口づけ)を、一日にどれくらいしていたのか。

 妊娠までに、性交渉をどのくらい行っていたのか。

 こと細かに説明することだけは、非常に恥ずかしかった。



「ジョアンくんは、殿下からたくさん愛され大事にされていたのね……」


「デクスター殿下の愛は、重いそうです」


「獣人の男…いえ、このお二人だけが、そうなのかもしれないわ」


 同じ獣人の男であるエリスが、苦笑している。

 それぞれの隣では、「私の(愛の)ほうが、重い」「いいや、兄上。俺のほうが重いぞ」と競い合う兄弟の姿が。

 そこへ、エリスが割って入った。


「陛下、そろそろ大事なお話を……」


「そうだな」


 ジョアンとデクスターは、重要な話があると私室に呼び出されていた。

 いつもの和気あいあいとした雰囲気からは一変した国王夫妻に、デクスターも姿勢を正す。

 

「デクスター、私はあと数年で退位することにした。そのあとは、おまえに国を任せたい」


「しかし兄上、俺には荷が重いと思うが……」


「おまえは、これから父親になるんだぞ? しっかりしないで、どうするんだ?」


「…………」


 国の重鎮たちには、ジョアンの妊娠の件はすでに伝えられている。

 跡取りができたことに、彼らは喜んでいるという。


「殿下には、すぐ傍に頼もしい相手がいるじゃない? ねえ、ジョアンくん?」


「は、はい!」


 突然名を呼ばれ、慌てて返事をする。

 王配として、夫として、公私にわたりデクスターを支えていく。

 そんな具体的な未来が提示される。

 これまで自分が積み上げてきた知識と経験を、これからは国のために、愛する者のために存分にふるうのだ。

 隣へ顔を向けると、不安げに揺れる碧眼が見えた。

 ジョアンはヤヌス王国で自分がしてもらったように、デクスターの手を握りしめる。


「殿下、僕が全力であなたを支えていきます」


「そうだな。おまえが傍にいてくれるのなら、心強い」


 握り返された手に、力がこもる。


「兄上、いえ…国王陛下、謹んでお引き受けいたします。これからも国の発展に寄与することを、ここで誓います」


「よくぞ言った。 これで、我が国も安泰だな」


「そうですわね」


 心から愛し尊敬する者と婚姻を結び、子を成し、近い将来王配として支えていく。

 夢も希望もなかった数か月前には、想像もできなかったことだ。


 これからも、数々の困難が二人を待ち受けるかもしれない。

 でも、デクスターと一緒なら、どんなことでも乗り越えていける。

 そう確信できる。


(王配教育をやり直さなければ……)


 国が違えば、王配に求められる資質も異なるはず。

 数年のうちに、しっかりと身に着けておきたい。

 ジョアンはさっそく、頭の中で計画を立て始める。


「ジョアンくん、まずは無理をせず、出産に備えなければ駄目よ?」


「王妃の言う通りだ。どうせ真面目なおまえのことだから、王配教育を受け直そうとか思っていただろう?」


「ジョアン、焦る必要はまったくないぞ。はっきり言えば、心配なのはデクスターのほうだからな」


「そうだぞ。おまえは、今のままで十分だ」


「…………」


 どうやら顔に出ていたらしい。

 あっさりと心を見透かされてしまったジョアンだった。

 


 ◆◆◆



 ジョアンとデクスターは、戴冠式へ参列するためヤヌス王国へ旅立った国王夫妻を見送ったあと王城の庭園に来ていた。

 お腹が大きくなってきたジョアンを気遣うように、デクスターは手を取りゆっくりと歩く。

 二人は正式に婚姻は結んだが、結婚式はジョアンの体調を考慮し、出産後落ち着いてからと決まった。

 ガゼボの椅子の上には、厚めの布が敷いてある。

 これもデクスターの気遣いのひとつだった。 


「戴冠式で、同時に次期王妃のお披露目もするのだろう? やはり、おまえの兄だけあって、かなりのやり手だな」


「僕なんか、兄上の足元にも及びませんよ。トミーにもですが……」


 あの騒動のあと、しばらくして女王の退位が発表された。

 元婚約者が死去したことで憔悴しているとのこと。

 もちろん、これは表向きの理由。

 実際は、どこかに幽閉されている。元王弟のメイソンのように。

 これから生まれてくる子の扱いがどうなるのかは、わからない。

 ジョシュアの暗殺を企てたフレディと叔母が、兄のダニエルからどのような処罰を受けたのかも知らない。

 

 罪を犯した三人はともかく、生まれてくる子に罪は一切ない。

 女王の血を引いているため、ダニエルの監視下におかれることは確実だ。

 後々の憂いを断つためにも、おそらく公爵家の遠戚の養子となるのだろう。

 これから親となるジョアンは、その子が幸せになることを願っている。


 ダニエルは、ジョアンの希望通りジョシュアを死亡したことにした。

 そして、自分の娘を国王となるエリオットの婚約者にしたのだ。

 エリオットは十歳。ジョシュアの姪はまだ八歳である。

 

「俺たちの子には、絶対に政略婚はさせたくないな」


「ふふふ、そもそも獣人王国は番いを重要視していますから、大丈夫ですよね?」


 自分たちのように、我が子にも好きな相手と結ばれてほしい。

 ジョアンとデクスターの思いは同じだ。


「さて、そろそろ戻って執務の続きを始めるか」


「僕もお手伝いをします」


 つわりが治まり体調が戻ったジョアンは、無理のない範囲で仕事をこなしていた。


「ああ、よろしく頼む」


 デクスターは国王が不在の間、代理を任されている。

 少しずつ時間をかけて、引継ぎ作業が始まっていた。


「おまえはもう立ち仕事はしないのだから、俺の膝の上でずっと仕事をしてもいいんだぞ?」


「今は二人分の重さがありますから、デクスターの足がすぐに痺れますよ?」


「それくらい、大したことないぞ」


 冗談を言い合いながら、二人はゆっくりと歩いていく。

 空には、雲一つない晴天が広がっていた。




 

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公爵家子息は、獣人王弟の番いとなりて愛を知る gari @zakizakkie

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