第33話 帰国


 帰りの馬車の中で、ジョアンはデクスターの膝の上にのせられていた。


「体調はどうだ?」


「今は、落ち着いています。それより……僕がずっと膝の上にいて、デクスターは重くないのですか?」


「長く会えなかった分、おまえを補給しているんだ」


 デクスターは後ろから抱きつき、手を握り、様々なところに口づけをし、髪の匂いを嗅ぐ。

 ここぞとばかりに、ありとあらゆる方法でジョアンを堪能しているらしい。

 本人が満足そうなので、そのまま好きにさせることにした。


「そういえば、印の効果はとっくに切れているはずなのに、おまえから全く匂いがしなかったのはなぜだ?」


「えっ、そうだったのですか?」


 獣人の男娼がデクスターでなければどうなっていたのかとゾッとしたが、匂いがしなかったとはどういうことなのか。


「特異体質ではなくなったのでしょうか?」


「ふむ……おまえが浮気をした可能性もあるな」


「デクスター!!」


「アハハ! 冗談だ。他の者の匂いが付いていたら、俺にはすぐにわかる」


 だから、浮気は絶対にできないぞ!と、デクスターは大真面目な顔で言う。


「浮気などしませんよ。僕が心に決めた人は、あなただけです」


「でも、おまえにその気がなくても、周囲が放っておかないだろう? 心配だな……」


「デクスターには隠し事をしたくないので、一応報告しておきますね。国へ着いて早々、元婚約者に口づけをされそうになりました」


「なんだと!?」


「もちろん、未遂に終わりましたよ。だから、安心してください」


 くるっと体の向きを変えたジョアンは、デクスターの頬へ口づけをした。

 デクスターからもう片方の頬も指され、もう一度。

 結局、さらに唇も示されたのだった。


「……他国の元女王の悪口は言いたくないが、おまえはあの女の王配にならなくて本当に良かったと思う」


「そうですね」


「あんなのが婚約者だと言われたら、俺だってすぐに逃げ出していたぞ」


「ハハハ……」


 フレディたちから命を狙われていたと知ったときは衝撃を受けたが、あの出来事があったからデクスターと出会えたとも言える。

 ちょっぴり感謝しているとは、口が裂けても言えないジョアンだった。



「ひとつ、確認をしたいのだが……」


「なんでしょう?」


「おまえは、その……王配として、性教育は受けていたのか?」


「はい。さすがに、実技はありませんでしたが。デクスターも、そうですよね?」


 王族は、跡取りをつくることも大事な仕事のひとつ。

 いざという時に失敗をしないよう、真面目に教育が行われているのだ。


「俺も、成人したときに受けた。講師は男だった」


 獣人は番い以外には発情しないため、この国でも実技はなかったのだろう。

 ジョアンの講師は、出産経験のある貴族女性が務めていた。


「なぜ、こんな話をしたのかというと、おまえにまだ伝えていないことがあってだな───」


 デクスターは、今から重要な話をするつもりのようだ。雰囲気でわかる。

 改まって何を聞かされるのか。素早く予想を立てる。


(番いである自分へ言いづらかったこと? 『性教育』関連なら、アレしかない)


「もしかして……王族なら、番い以外の方とも子を成せるのですか?」


 以前、デクスターは性的欲求を抑える訓練を受けていたと言っていた。

 ということは、その逆もあり得るのではないか。


「であれば、僕のことは気にせず子を作ってください! 僕は、デクスターの子をこの腕に抱きたいです!!」


 自分は産むことができないが、立派な跡取りに教育することはできる。

 諦めかけた夢が叶うかもしれない。

 ジョアンは興奮した。


「きちんと性教育を受けられているのなら、大丈夫ですよね!」


「おまえは、なんの話をしているんだ? 俺が、他の者と関係を結ぶわけがないだろう!」


「違うのですか?」


 どうやら、ジョアンの早とちりだったようだ。

 デクスターに怒られてしまった。


「でも、いくら自由恋愛の国とはいえ、王族が跡取りを産めない男と結婚をするのは……」


「また、その話か。心配するな、直近に前例があるから問題はないぞ?」


「前例?」


 ジョアンは、首をかしげる。

 結局、デクスターは「やっぱり、帰国してから話すことにする」と話を打ち切ったのだった。



 ◇



 エンドミール獣人王国へ戻ったジョアンとデクスターは、国王夫妻に招かれ私室を訪れていた。


「デクスターが男娼に成りすましてジョアンを救出すると言い出したときは、どうなることかと思ったが、終わり良ければすべて良しだな」


「とにかく、ジョアンくんが無事で本当に良かったわ」


 彼らにも、迷惑と心配をかけてしまった。

 ジョアンは改めて礼を述べる。


「俺はジョアンと正式に婚姻を結ぶ。兄上、いいよな?」


「ああ、私が反対するわけがない」


「お待ちください! 私は男ですから、やはり婚姻を結ぶのは───」


「あら? もしかして、ジョアンくんはまだ知らなかったの? こんななりだけど、わたくしも男なのよ……」


「……えっ!?」


「王妃殿下が、俺たち兄弟の性教育の講師だったんだ」


「ええええ~!?」


 デクスターがジョアンに伝えていなかったこと。それは、王妃のエリスが実は男性だということだった。



 ◇



 エリスは下級貴族の三男で、学園を卒業後に王宮へ出仕する。

 その二年後、王城では王太子の性教育担当が必要となった。

 エリスは頭の良さを見込まれ、王命により新たな任を賜る。

 

 性教育担当と言っても、直接相手を務めるわけではない。

 座学にて知識や技術を教授するため、エリスは隣国の娼館へ出向き勉強をした。

 娼婦や男娼から聞き取り調査をし、事前準備を万端に整える。


 何度か座学をおこなったところで、王太子から質問を受けた。

 番いが『男』だった場合は、どうすればよいのか?と。

 獣人王国は自由恋愛であるため、その可能性は十分考えられる。

 国の長い歴史を振り返れば、王配が男性だった時代もあった。


 エリスは知的好奇心から、事前準備の段階で男女両方の勉強をしていた。

 それが活かされる機会が早くも来たことに、素直に喜んだ。


 その後、無事役目を終える。

 エリスは、第二王子の担当にも任命されたのだが……


「俺の講師を務める前に、兄上が娶ってしまったんだ」


「!?」


「性教育の授業はずっと二人きりだ。愛する番いが弟と部屋で二人きりになると考えただけで、気が狂いそうだった。だから、結婚したのだ」


 十七歳の年上講師を振り向かせるために、十五歳の王太子は奮闘する。

 講義中にそれとなく好意を伝えるが、まったく気づいてもらえない。

 ならばと、手を握ったり抱きしめたりと行動で示すも、「殿下、もっと優しく接しなければ、お相手に嫌がられてしまいますよ」と教育的指導を受けてしまう。

 それでも、王太子は必死に頑張った。

 そして三年後、二人は結婚したのだった。


「では、殿下の講師は、別の方が……」


「いや、兄上たちが務めた」


「はい?」


 座学は王妃から。

 特別授業として、デクスターは二人が実践しているところを見学させられる。


「あの時は、俺は一体何を見せられているのかと思ったな……」


「ははは……」


 デクスターは、遠い目をしている。

 ジョアンは笑ってよい話なのかわからなかったが、他に反応のしようがなかった。


「でも、アレのおかげでジョアンくんとの時は、スムーズにいったのでしょう?」


「何事も、経験は大事だな。うんうん」


 至極満足そうな国王夫妻に、開いた口が塞がらないジョアンだった。


「では、話も終わったことだし、俺たちはこれで失礼する」


「あら、もう帰ってしまうの? まだまだ、美味しいお菓子がたくさんあるのに……」


「ジョアンの体調が、あまり良くないんだ。たまに吐き気があって食欲もないから、心配している」


「『吐き気』と『食欲不振』。その症状……もしかして、子が出来たのではなくて?」


「ジョアンは男だぞ。妊娠なんて───」


「でも、特異体質なのでしょう? 発情期に獣人と性交渉をしたら男でも子が宿ることがあると、昔読んだ書物に書いてあったわ」


 特に匂いの強い時期はなかったの?とエリスから尋ねられ、二人はすぐに思い当たる。

 デクスターの誕生日が過ぎた後。印を付けても匂いの激しいジョアンの身を守るため、二人で別荘に籠った。

 そして、想いを通わせ初めて結ばれたのだ。


「「まさか……」」


「とにかく、すぐに医師を手配するわ」


「お願いします」


 ジョアンは自分のお腹をさする。

 今はなにも感じないが、男の自分がデクスターの子を宿しているのだろうか。


「ジョアン、たとえ今回妊娠していなくても、問題ない。次の発情期を狙えばいいだけだ」


「殿下……」


「これで、おまえの懸念はすべてなくなる。そうだろう?」


「……はい」


 正式に、デクスターの配偶者となる。

 近い将来、彼との子をこの胸に抱くことができるかもしれない。

 諦めた夢を、自分で叶えることができるかもしれない。


(嬉しい……)


 じわじわと実感が湧いてきた。


「お~い、そこにいるんだろう? 返事をしろ~!」


 デクスターがお腹に口を当て、一生懸命話しかけている。

 まだ居るかどうかもわからない我が子へ声をかける姿が、なんとも可愛らしい。

 ジョアンは、夫となる愛しい人の髪をそっと撫でる。


(女王陛下も、こんな気持ちだったのだろうか……)


 彼女のした行いは、決して許されることではない。

 しかし、愛する者との子を欲したその想いだけは、痛いほど理解できたジョアンだった。


 

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