第32話 決着


「しかし兄上、今回の件ではフレディも被害者です」


 ジョシュアが行方不明になったために、彼が代わりに王配となっただけ。

 あんなことがなければ、自分が彼の立場に置かれていたはず。


「被害者ではない。自分の行いが招いた結果だ。自業自得というヤツだな」 


「自業自得? 兄上、それはどういう意味───」


「フレディ……おまえたちの所業を、この私が何も知らないとでも思っているのか?」


 殺気に満ちた強烈な視線が、フレディを射抜く。


「わ、私は何も……」


「叔母上は白状したぞ。おまえを王配にするために、殺し屋を雇ったと」


 ジョシュアより一つ年上のフレディは、生まれてすぐに女王の婚約者と決められた。

 ところが、一年後にジョシュアが誕生する。

 同じ家門でも分家のフレディより本家のジョシュアのほうが王族に相応しいという理由で、婚約者の変更が行われたのだ。


 フレディの母は憤った。

 

 ───ジョシュアさえいなければ、我が子が王配となれるのに……

 

 母の野望を、息子は諫めるどころか協力してしまう。

 こうして、長年温められてきた計画はついに実行された。


 式直前を狙ったのは、候補者選定の時間を与えないため。

 一度は婚約者となったフレディが選ばれるのは、至極当然の結果だった。



 ◇



「まさか、フレディたちが……」


 自分が狙われたのは、王配絡みだとは予想していた。

 しかし、指示を出していたのは他家ではなく同じ家門の者だった。


 想像もしていなかった黒幕に、ジョアンの動揺は大きい。

 震えの止まらない手を、デクスターがそっと握りしめる。

 これまでデクスターは、口を一切挟まず傍観者の立場を貫いていた。

 ヤヌス王国内の問題に、他国の王弟である自分が関わるべきではないと理解していたから。


「叔父上は、おまえたちの命乞いをされた。私としても、家門から犯罪者出すわけにはいかぬ。醜聞もな」


 ダニエルは、顔色の悪いジョアンへ視線を送る。


「おまえも思うところはあるだろうが、二人の処分に関しては私に任せてほしい」


「……私に異論はございません。すべて、兄上にお任せします」


 フレディは、ルイスによって連行されていった。



「ジョシュアが行方不明にならなければ、もっと早い段階で今回の作戦が決行されていたのだ」


「えっ?」


 意外な言葉に、ジョアンは兄の顔を二度見する。


「あの女を放置しておけば、いずれ国が傾くとおまえも危惧していただろう?」


「……はい」


「リーザの性根が変わらないと見限ったときに、おまえを王配にすることを止めた。あの女に、私の弟はもったいない。優秀なおまえなら、もっと良い婿入り先があるはずだと……」


 ここで初めて、ダニエルはデクスターのほうへ視線を送る。

 

「畏れながら、エンドミール獣人王国のデクスター殿下でいらっしゃいますか?」


「そうだが、最初から其方は気づいていたのであろう? でなければ、私をこの重要な場に立ち会わせることはしなかったはずだ」


「ハハハ……おっしゃる通りでございます」


 トミーも顔色ひとつ変えない。

 苦笑しながらダニエルが次に顔を向けたのは、ジョアンだった。


「ジョシュア、ヤヌス王国へ戻る気はあるか?」


「いいえ、ございません。あの日、崖から飛び降りたときに、ジョシュア・インレンドは死にました」


 ジョアンは、まっすぐにダニエルを見据える。


「トミーへ伝えました通り、私はジョアンとしてエンドミール獣人王国で生きていく所存です」


「デクスター殿下の番いとしてか?」


「はい」


 これは、ジョアンの決意表明。

 ダニエルにどれだけ反対されようとも、ジョアンの気持ちは変わらない。


「デクスター殿下は、ジョシュアの正体を知っても、お気持ちは変わりませんか?」


「誰であろうと、どんな過去があろうと、手放すつもりはない。ジョアンは私にとって、唯一無二の番いだからな」


「…………」


「それに、私は其方の試験に合格したのであろう? ならば、問題ないはずだ」


「……王弟殿下に対し試すような真似をしたこと、深くお詫び申し上げます」


「気にするな。それだけ、大事な家族ということだ」


「寛大なお心に、感謝いたします」


 ダニエルは、深々と頭を下げた。


「殿下を試すような真似とは、何ですか?」


 話が見えないジョアンは、首をかしげる。


「俺のところに、差出人不明の書簡が届いたんだ。中を開けてみるとおまえの兄からで、軟禁されている弟を救出するために、獣人の協力者を一人貸してほしいとのことだった」


「えっ? だからって、殿下が変装して協力者に成りすまさなくても……」


「おまえを守ると誓った俺が助けに行くのが当然だろう? 体質のこともあったしな、他の者には絶対に任せられない」


「それは、そうなのですが……」


 手紙を読んだデクスターが後先のことを考えず行動を起こしたことは、容易に想像ができる。

 大事な髪を切り落とし、危険を顧みずジョアンを助けに来てくれた。

 ダニエルは、デクスターが『人』の番いのためにそこまでするのか、面倒だと見捨てるのか、見極めるつもりだったのだ。


 今後関係を強化していく獣人王国の王弟へジョシュアが婿入りすることは、家門やヤヌス王国にとって利となる話。

 それでも、デクスターの対応によっては婚姻を認めなかったということ。


(異母弟でも、多少は情を持ってくれていたのか……)


 ダニエルは、ジョシュアへは何も言わない。きっと、これからも。

 異母兄の分かりづらい家族愛を、今さらながら知ったジョアンだった。


「この度は、我が国のごたごたに巻き込んでしまい、誠に申し訳ございませんでした。愚弟を、どうか末永くよろしくお願いいたします」


「ジョアンは私が必ず幸せにするから、安心してくれ」


 こうして、ようやくすべてが終わる。

 ジョアンとデクスターは、ダニエルが手配した馬車で帰国の途についたのだった。


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