魔女はひとりぼっち

東 村長

想いだけは

 本当に、私はどうしたのかしら。何故、苦しくなるの? 何故、熱くなるの?

 それの理由は分からない。けれど……悪いものではないと思うわ。

 何故って? それは、とても心地が良いからよ。

 

 ポカポカの日に当たりながら、すやすやと眠るように。

 心と体が一緒になって、宙に浮いて舞い踊るように。

 その時は、私の全てが満たされる。その時は、私は笑顔になっている。

 理由は分からないけれど、それは素敵だと思ったの。

 

 ねえ、リュメル。これは貴方のせいなのよ。 私をこんなにしたのは貴方なの。

 だから、一緒に話しましょ? これの理由を考えて。

 

 風邪かしら? いいえ、私は魔女だもの。風邪なんかには負けないわ。

 毒かしら? いいえ私は魔女だもの。毒なんかには負けないわ。

 

 じゃあ、これはなに?

 

 何故、苦しくなるの? 何故、熱くなるの?それの理由は分からない。

 けれど……私は、それが好き。 

 何故、好きなのか? そんなこと、私には分からないわ。

 私には分からない……。

 

 だから、ずっと、二人で話し合いましょう?

 ずっと、ずっと、二人で語り合いましょう?


 苦しいわ……苦しいの。貴方がいないと苦しいの。

 ねえ、リュメル。これは貴方のせいなのよ? 私をこんなにしたのは貴方なの。


 だから……帰ってきて? 私を置いて行かないで。

 また、私の目を見て話してよ。また、私の手を握ってよ。

 私の部屋に飛び込んで、私を部屋から連れ出して。 

 私に笑顔を見せに来て。貴方の声を聞かせてよ。


 何故、満たされるの? 何故、笑顔になるの? 分からないわ、永遠に。 

 

 ねえ、リュメル。胸が苦しいわ。息が苦しいの。

 これは貴方のせいなのよ……。私をこんなにしたのは貴方なの……。

 

 だから……また、私に会いに来て……。

 もう一人は嫌なのよ。貴方がいないと、嫌なのよ。


         * * * 

 

 朝目が覚めて、私はベットから起き上がる。部屋を移動して、私は鏡の前に座る。

 鏡を見ながら、櫛を使って癖づいた灰の髪を梳かす。

 

 部屋を移動して、私は朝食を摂る。焼いたパンの上に、ハムを乗せただけの食事。

 

 部屋を移動して、私は魔法を編み出す。

 いくつもの本を読み漁り、鍋に材料を入れて掻き回す。

 ぐつぐつと、緑の煙が立ち込める。私はその、あまりの臭いに咳き込んだ。

 

 部屋を移動して、私は夕食を摂る。

 焼いたパンの上に、葉っぱを乗せただけの食事。


 部屋を移動して、私は湯に浸かる。

 湯船で眠りそうになるけれど、自分の腹を抓って起こす。

 少し出張った、お腹がブヨブヨと揺れ動く。

 運動をしていないから、太ってしまったわ。

 このお腹を彼が見たら、何て言うのかしら?

 そう考えて、クスッと笑った私は湯船から立ち上がる。


 部屋を移動して、私は窓の外を見る。

 高い塔にあるこの窓からは、遠く、遠くが見えている。

 武装した男たちが、手に持った剣で人を斬る。

 武装した獣たちが、その牙で命を屠っている。

 千、八百と二十五日。ずっと、ずっと、ずっと、争い続けている。

 私は視線を下げて、何もない一本の木を見つめる。

 

 そう。あの木が始まり。あそこに彼はいた。あそこで彼は死にかけていた。

 私は彼を助けたの。それで彼は助かった。

 それが始まり。それが私と彼との出会い。

 とても幸せな思い出。とても儚げな記憶。

 ほんの一瞬。それでも永遠に残る、私の幸せ。

 

 私はカーテンを閉め、部屋を移動する。ベットに寝転がり、目を閉じる。

 

 もう少し、もう少し……あと少しだけだから。

 私は意識を暗闇に落とす。このまま死んでも構わない。 私は彼に会いたいの。

 私は彼と話したい。 二人で一緒に歩いてね、一緒に星を眺めるの。 

 それはとても素敵だわ。とっても素敵で夢のよう。

 私は貴方に会いたいわ。だから、もう少しだけ……。


         * * *

    

 朝目が覚めて、私はベットから起き上がる。

 部屋を移動して、私は割れた鏡の前に座る。

 鏡を見ながら、壊れた櫛を使って絡み合った髪を梳かす。

 

 部屋を移動して、私は朝食を摂る。

 カビの生えたパンの上には何も乗っていない。

 

 部屋を移動して、私は魔法を編み出す。

 いくつもの本はビリビリに破かれている。鍋には穴が開き、床を泥が覆っている。 

 私は穢れた泥を使って、研究を進めるの。私はその、泥を臭いと思わない。

 

 部屋を出て、私は夕食を摂る。さっき部屋から持ってきた、この泥を食すのよ。

 味なんてしないわ。満たされればそれでいいから。

 

 部屋を移動し、私は水を浴びる。もう湯船は泥だらけ。

 罅が入っているせいで、水も溜まらないのよ。

 意識を失いそうになるけれど、髪を毟って耐え凌ぐ。

 あまり食事を摂っていないから、骨と皮のガリガリの体。 

 この姿を彼が見たら、何て言うのかしら?

 そう考えて、ふふっと笑った私は浴室から出る。


 部屋を移動して、私は窓の外を見る。

 高い塔にあるこの窓からは、遠く、遠くが見えている 

 武装した子供達が、手に持った石で人を殴る。

 飢えた獣達が死した子供を喰らい、腹を満たしている。

 一万八千と二百五十日。ずっと、ずっと、ずっと、争い続けている。 

 私は視線を下げて、枯れ果てた一本の木を見つめる。


 そう、あの木が始まり。

 あそこに彼は………………かけて……いた。

 私は…………助け………………った。

 とて…………せな…………とても…………?

 ほんの一瞬。それでも永遠に残る、私の傷跡。 

 

 私はカーテンを閉め、部屋を移動する。

 抜け毛だらけのベットに寝転がり、目を閉じる。

 

 もう少し、もう少し……あと少しだから。

 私は意識を暗闇に落とす。このまま死んでほしい。

 私は彼に会いたいの。私は彼の声が聞きたい。

 二人で一緒に歩いてね、貴方の顔を思い出すの。

 それはとても素敵だわ。とっても素敵な夢のよう。

 私は貴方に会いたいわ。だから、もう少しだけ……。


         * * *


 私はとうとう成し遂げた。幾星霜の時を越えて、私の魔法は完成した。

 

 本当に、私はどうしたのかしら。何故、私は笑顔なの?

 何故、気の遠くなるような年月を過ごしてここまで来たのに、それを忘れられるくらい、私は満たされているの? それの理由は、もう知っている。

 

 ポカポカの日に当たりながら、すやすやと眠るように。

 心と体が一緒になって、宙に浮いて舞い踊るように。

 今、全てが満たされている。今、私は笑顔になっている。

 ねえ、リュメル。これは貴方のおかげだよ。

 私をこんなにしたのは貴方なの。

 だから一緒に話しましょう? それの理由を考えて。

 

 魔法かしら? ええ、私は魔女だもの。でも、魔法じゃない。

 呪いかしら? ええ、私は魔女だもの。でも、呪いじゃない。

 

 じゃあ、これはなに?


 何故満たされているの? 何故、笑顔になるの?

 それの理由を私は知っている。

 

 好き、好き、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。

 

 私は貴方を愛しているわ。

 

 だから、ずっと、二人で一緒にいましょう?  

 ずっと、ずっと、二人で愛し合いましょう?


 嬉しいわ……嬉しいの。貴方がいると嬉しいの。

 ねえ、リュメル。これは貴方のおかげだよ。私をこんなにしたのは貴方なの。


 だから、私を抱きしめて?

 私を愛して? 私を奪って? 私を貴方のものにして。

 ずっと、ずっと、ずっと、二人で愛し合いましょう、永遠の時を二人きりで。


「ねえ、リュメル——……」

『アア、メニア。オレハ、オマエヲアイシテイルヨ』

 

 男の形をした泥人形は——大切な男の顔も声も忘れて、再現できなかった、ただの泥は、息を引き取った魔女を星が終わるその時まで、ずっとずっと抱きしめ続けた。

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