4-10
湊市ハロウィンフェスタの日がやってきた。
秋内海岸に行っている間に届いた一式を兄に着せて、湊中央駅前の広場に行った。
「うんうん、僕ったら似合うねぇ!」
兄の頭にはぴょこんとネコミミ。ロング丈のメイド服は袖とエプロンにふんだんにフリルが使われている。足元は急いで買ったローファー。兄は足のサイズが小さいので女性用のものが合って助かった。やはり上から下まで完璧に揃えないと。
「ああ、こっちです、こっちです」
ちょいちょい、と俺たちを手招きする人物がいた。とんがり帽子に黒いローブ。赤い髪。七宮さんだ。肩には鴉の遼が乗っていた。俺は言った。
「七宮さん……結局ノリノリじゃないですか」
「遼に勝手に衣装を買われましてね。着てみたら似合っていたので……」
三人と一羽で広場を巡った。今日は屋台が出ており、何の店が出ているのかは事前に調べて知っていたので、ここで腹ごしらえをする気満々だ。兄が言った。
「とりあえず全部行くよ! ご挨拶しなきゃ!」
兄は湊中央駅一帯の飲食店の組合に入っていたらしく、屋台を出している店主たちとは大体顔見知りということだった。皆さんの反応はそれぞれだ。女性だったんですか、と勘違いする人まで現れて、兄が訂正していた。
俺はやきそばとドーナツを買い、すっかりお祭り騒ぎとなった広場を見回した。仮装しているのは子供が多い。しっかりめのゾンビメイクの一団もおり、仮装大会で勝つのは厳しそうだ。しかし、参加しただけでお菓子の詰め合わせがもらえるという。兄はフライドポテトをつまみながら言った。
「いやぁ、僕の可愛さにみんなびっくりしたみたいだねぇ」
「くらくがイロモノ喫茶だと思われないといいけど」
「フリフリメイド服にしたいって言ってきたのナオくんの方でしょ?」
ステージ受付が始まった。一組たった十五秒だが、仮装披露の時間があるのだ。先に受け付けた七宮さんの出番をステージの袖から見守った。七宮さんは遼を肩に乗せたまま登場。
「はい、滑空! ごろんと転んで死んだフリ!」
遼はどこからどう見ても普通の鴉にしか見えない。それが人間の言う通り、本当に肩からステージに降りて、腹を見せて転がってしぃんと動かなくなってみせるものだから、子供たちから歓声が起きた。
「わぁ……僕、この後か。やりにくい」
「頑張って、カズくん」
七宮さんと遼が退出し、兄が元気よくステージに上がった。
「湊中央駅から徒歩三分! 喫茶くらくをよろしくお願いしまーす!」
そう言ってぶんぶん手を振っただけだが、拍手が起きた。おそらく観客の内の数割は兄を男性だとは思っていない。
――うんうん、可愛いなぁ、俺の兄貴は。
弟バカなのはわかっているので口には出さなかった。
お菓子の詰め合わせをもらい、ほくほくしながら審査を待った。
「優勝は三十七番さんです!」
残念。ステージに呼ばれたのは、おばけのポンチョを着た五歳くらいの三つ子だった。七宮さんがため息をついた。
「さすがに子供には勝てませんねぇ……」
肩にいた遼がくわぁ、と鳴いた。
兄に着替えをさせたかったので、家ではなく店に行ったのだが、俺はあることに気付いた。
「あっ……ハロウィンの飾り、片付けなきゃいけないじゃん!」
「本当だ。忘れてたねぇ」
「しまった、遼連れてくるんだった」
「今から呼ぶの可哀相だし、僕たちだけでしようか」
タペストリーを外し、小物をテーブルから回収し、紙袋に詰めた。ランタンは抱っこするしかない。衣装やもらったお菓子もある。俺も兄も両手に荷物いっぱいの状態で家まで運んだ。
帰宅すると夜十時を過ぎていた。俺が先に風呂に入り、出てくると、兄はソファに座ってスマホをいじっていた。
「ねえナオくん、このツリー買おうと思うんだけど、どうかなぁ?」
そう言って兄はスマホを見せてきた。茶色い幹に緑色の葉っぱのごくシンプルなツリーだ。
「いいね。ランタン置いてた辺りに置けそう」
「本当は、十一月に入ったらすぐクリスマス仕様にすべきだったかもしれないけど。まあ、色々あったもんねぇ」
今ごろ二葉は……鈴になっているのだろうか。それが奴にとって幸せなのかどうかはわからない。やはり、罪悪感がぬぐえない。
「ナオくん。考えてたんだけどさ。やっぱりこれからは、ナオくんを事件に付き合わせたくない。また、あんなことがあったら……今度は守れるかどうか自信がないよ」
「うん……そっか……そうだよな」
「今度からは店にいて。くらくを守って。それが僕にとって助けになる」
「わかった。今度は遠足の時みたいに駄々こねない」
「遠足?」
兄は覚えていなかったようだ。俺が説明すると、頬をゆるませた。
「もう、ナオくんは可愛いなぁ。ちっちゃい時も、おっきくなってからも」
「そんなの言ってくれるのカズくんだけだよ」
「僕だけが可愛がってたらいいの。僕だけの弟だもん」
明日からは街が様変わりする。クリスマスシーズンだ。
【五章へ】
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