4-9
倒れた兄を遼と一緒に七宮家に運び、休ませてもらった。俺も兄も海水に濡れていたので着替えを借りた。気絶したままびくとも動かない兄の服を脱がせるのは遼と二人がかりだった。兄は一時間ほどで目を覚ましたのでホッと胸をなでおろした。
「あー! もうおれ、あかんかと思ったぁ!」
俺は遼をねぎらった。
「ありがとうな。一週間、待っててくれたんだよな」
「せやで? おれからは、急に二人が消えたように見えて。それから六日経って、砂浜に打ち上げられて。和美さんが必死に叫んどうのは聞こえてたけど、なんやようわからんかったし、直美さんが死んだんやとばっかり思って……」
遼が俺の胸に飛び込んできた。
「アホ! アホ! 心配させよって! アホ兄弟!」
「ごめんって。無事に帰ってきたろ。なっ?」
遼の背中をさすって落ち着かせた後、洋間に行き、兄が七宮さんに今回の顛末を話した。
「僕の命乞いが通じたみたいですね。元人間の神ですから、その辺りは同情してくれたんでしょうかね」
七宮さんが返した。
「神にも色んな性格の者がいますからね。お二人が無事で本当に良かったです」
喫茶「くらく」はもう一日休みにすることにして、その日の夜、店に二葉を呼んだ。今回は遼はいない。俺、兄、二葉、三人だけだ。
「友樹くん。今回のことは手紙にさせてもらった。その中を読んでもらえばわかると思うけど……僕と友樹くんが直接会うのはこれが最後だよ」
「うん……そっか」
兄は封筒を二葉に差し出した。
「じゃあね、友樹くん。君の事は忘れないよ」
「ありがとう、和美くん」
二葉が店を出た後、兄はタバコを取り出した。俺も兄と向かい合わせに座ってタバコを吸うことにした。
「それで、カズくん。房子さんの伝言って何だったの?」
「まっ、簡単なもんだよ。人様に迷惑かけた分、今度は人を助けなさい、って」
「そっか。二葉がこれからまっとうに生きていけるといいな」
「……無理なんだけどね」
「えっ?」
ぷはぁ、と兄は紫煙を吐き出し、続けた。
「僕はね。友樹くんを、海の神に売ったんだよ」
「それ、どういう……」
「ナオくんを返してもらう代わりに友樹くんを行かせた」
俺はタバコをぽろりと落としてしまった。
「えっ、嘘、じゃあ」
「ほらほらナオくん、テーブル焦げる、拾って」
「うん……」
タバコを拾ってくわえ、話を聞いた。
兄は提案した。母と息子の鈴が揃っている方が面白くはないか、と。海の神はそれにそそられたらしい。二葉に渡した手紙には、秋内海岸に行けば房子さんと再会させてあげられる、というようなことだけを書いたらしい。
「まっ、生死はともかく会えるわけだし、結果オーライ!」
「ちょっと待ってよ、カズくんって二葉のこと許してたんじゃなかったの?」
兄はちろりと舌を出した。
「えへっ。嘘に決まってるじゃない」
「また嘘かよ!」
「だってさぁ、僕が許したフリしないと、ナオくんが友樹くんを焼き殺しそうな勢いだったじゃない? ナオくんのことを犯罪者にはしたくなかったからさぁ」
俺はがっくりとうなだれた。
「なんだよ……マジかよ……」
「まあ、許そうとはしたんだよ? 房子さんの件を解決することで、許しを与えることができるかもしれないって思ってた。でも、ナオくんを取られそうになったから、やっぱり友樹くんのこと恨んだ。無理。やっぱり無理。許すの無理」
俺のタバコはじりじりと燃え、灰が落ちた。
「この美麗な顔に傷をつけられた恨みは一生消えないね。僕、病室でどれだけ呪詛吐いたか」
「あっ、自分で美麗とか思ってたんだ……」
「ただ、傷痕がある霊視能力者っていかにもっていう感じでさ、ミステリアスさも出せて商売には役に立つなぁとかそういうのは思ってた!」
すっかり短くなったのでタバコを吸うのは諦め、火を消して灰皿に吸い殻を放り込んだ。
「カズくん、本当にいいの? 間接的とはいえ二葉を殺すことになるんだよね、俺たち」
「その罪はナオくんはかぶらなくていい。僕だけがかぶる。僕は結局、人を許すことができなかった。ねえナオくん。人が人を許すって、難しいね」
兄は自分の前髪をかきあげ、傷痕に触れた。
「僕はねナオくん。大切なものの優先順位をキッチリ決めている人間なんだよ」
「二葉の優先順位は、下だと」
「そういうこと。僕はとにもかくにもナオくんが優先。次が父さんでその次が自分かな。つまりさ、家族以外の人なんてどーでもいいの」
兄も吸い殻を放った。
「ありがとう、カズくん。俺、守るつもりでついていったのに……結局カズくんに守られた」
「いいんだって。僕がお兄ちゃんだもん」
「だから。大人になったらそんなの」
「兄のプライドがあるの」
「……この話、前にもしたね」
二葉は間違いなく秋内海岸に行くだろう。母親と会えると知って行動を起こさないわけがない。兄は誰にも裁くことができない罪を背負った。
二葉は、それを……許すのだろうか。
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