3-10
小説家「むーむーねこ」の事件は連日ワイドショーで取り上げられた。
ゴーストライター。入れ替わり。殺人放火。専門家やら業界人やらがコメントを述べ、あることないこと憶測も広まった。
出版社側は、「テンロク」の最終巻発売を決定した。そのことに批判が集中し、大炎上状態である。
「ねぇカズくん……これでよかったのかな。あの小説。すっげー燃えてる」
営業終わり。スマホで新しい記事を見つけた俺は言った。「テンロク」の売上は激増したと書かれてあったのだ。
「よかったんじゃない? 出版社側としても売り出すチャンスだ。今って紙の本が全然売れない時代なんだよ。話題性をのっけて商売するのは理にかなってるね」
「悪どい商売してるのは俺たちも同じだけど、スッキリしないよ。小説って売れればそれでいいの?」
兄はタバコに火をつけ、煙をくゆらせてから言った。
「僕の好きな小説家でさ。キャラクターは小説家にとって友人だって言った人がいるんだよ」
「うん……それが?」
「それで、その友人のことを読者が好きになってくれれば、小説家としては嬉しいんだって。四門遥香もそういう気持ちだったんじゃないかな」
エリーナ。テンロクの主人公。彼女の一番のファンなのだ、と四門遥香は語っていた。兄は続けた。
「年間の出版数はライトノベルだけで二千を超える今、せっかく本を出しても手にとってもらえるまでが困難だ。自分のことをダシにしてでもキャラクターのことを知ってほしい。そういう執念みたいなものを僕は四門遥香から感じたな」
「そういうもんかぁ。俺にはわからないよ」
週刊誌をめくっていた遼が、あっと声をあげた。
「なぁなぁ、これってあの探偵さんやないの?」
遼が見せてきたのは、「小説家むーむーねこ事件の裏に探偵の姿あり! 名探偵Gが全てを告白する」という記事だった。対談形式となっていて、「G」が事件の全容を語る、という内容だった。
「うわっ。あのインチキめ。調子こきやがって」
「結局あの人ネカフェで寝てただけなんやろ?」
「そうだよ。なーんにもしてない」
ちなみに帰りの夜行バスの中では、国会図書館で雑誌のコピーを取るのがいかに大変か、長々と語られたが、右から左に流していた。あの雑誌のコピーは何の役にも立たなかったというのに、自分一人が手柄を立てたといった口ぶりだった。
「カズくん、もうあのインチキと関わらないで」
「本当に国税局に告発されても困るし、機嫌は取っておくよ」
「なんか……また来そう……嫌な予感しかしないよ……」
十月になっていた。季節は一気に様変わりし、スーパーのマルゴにも鍋の素が並ぶようになった。俺がカートを押し、兄が商品を入れる、というやり方でマルゴの中をうろうろした。
「俺、本当はキムチ鍋したいんだよねぇ」
「うわっ、キムチは匂いだけで無理」
「じゃあどれにする?」
「寄せ鍋!」
野菜と魚介を買い、兄に調理を任せた。ソファに座ってチェックしたのは「ぱっしょんナイン」のアカウント。とうとう、解散することが発表された。公民館でさよならライブをするのだという。
アイドル「りこ」のアカウントには動きはない。このまま彼女は世間から忘れ去られていくのだろう。そもそも、認知もされていなかったご当地アイドル。記録も記憶も、「莉子」を知る人にしか残らない。
そして、「四門遥香」はどうなるのだろうか。彼女は本当の被害者として新聞にも載った。五味が言っていたのだが、国会図書館は日本で発売された全ての出版物が保存されるところらしく、「テンロク」も例外ではない。四門遥香の痕跡は、後世に残る、というわけだ。
「もう、ナオくん。顔くらーい」
「ああ……莉子ちゃんのグループ、解散発表されたよ」
「あの子は可哀想だったねぇ。七宮さんも気にかけてくれてるみたい。まあ、心配ないって」
兄はダイニングテーブルに鍋を置いた。俺は皿や箸を並べた。
「さっ、美味しいもの食べて元気出そうよナオくん。生きることは食べること。食べることは生きること。ねっ?」
「そうだね。いただきます!」
海鮮の風味がよく効いたスープ。分厚いタラ。歯ごたえのいいネギ。やっぱり鍋は最高だ。
「あっ、ナオくん。レンタル倉庫契約してきた。あそこに実家の荷物入れよう。それで、店で使う季節の飾りもそこに置けばいい」
「ハロウィンが終わったら、クリスマスだね」
「だねー! 僕、クリスマス大好き! もうサンタは来ないけどさ!」
「そういえば、カズくんって何歳までサンタ信じてた?」
視線を少し上にそらした後、兄は言った。
「思い出した。十歳だ。父さんが枕元に置こうとしてる時に起きちゃって」
「それって母さんが死んでから?」
「そう、その年。ナオくんの夢を守るのに必死だったよ……」
ようやく片付いた今回の件。俺と兄の静かな生活は……長くは続かなかった。
【四章へ】
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