四章 依頼者・二葉友樹

4-1

 十月に入り、ヘビ娘のハロウィンイベントが始まった。新ヘビ娘のシロマダラも実装。この子が実に可愛かった。メガネっ娘だ。大人しいが芯が強い。

 そして、俺と兄は実家に行き、荷物を全てレンタル倉庫に運ぶことにした。


「うわっ……大きいね。ここで住めそう」


 俺はレンタル倉庫の中に入り、うろつきながら言った。


「実際住んでたとかいう事件もあったみたい。まあそれは規約違反。物しか置けないよ」


 兄の本を運び込む作業が主だった。いつでもすぐ取り出せる状態にしておきたいからと、段ボール箱には中身が書かれたラベルが一枚一枚貼られていた。

 終わってから、実家で父と夕食をとることになった。出前の天丼だ。


「やれやれ。これで父さんも物件探せるよ。ある程度は絞ってる。デカい病院の近くにするつもりだ」


 俺は尋ねた。


「なんで? 父さん身体の具合悪いの?」

「今は大丈夫だ。健康診断でも問題なし。これからのことだよ。次は終の棲家にする。何かあった時、お前らにあまり世話をかけたくない」


 兄が言った。


「もし何かあったら、隠さないでちゃんと僕たちに言ってよね。息子なんだからさ」

「わかった。それでな……エンディングノートも書いておいた。父さんが死んだ後の希望や預金や保険のことを書いたノートだ」


 父は一旦立ち上がり、引き出しから一冊のノートを取り出した。俺と兄はそれをペラペラとめくった。兄がプッと吹き出した。


「遺品は絶対処分?」

「死んでまで和美に呼びつけられちゃたまらねぇよ。守れよ。守れよお前ら」


 エンディングノートは兄が預かることになった。兄は海老天をかじるとまたもや尻尾を俺の丼ぶりに入れてきた。


「はいはい」

「和美……相変わらず直美に残飯処理させてんのな」

「父さんだってそうじゃない。米残すの?」

「そうだな……直美、食うか?」

「食う!」


 食後のコーヒーを飲んでいると、兄がもじもじしはじめた。父はすかさず聞いた。


「なんだ、和美。言いたいことあるなら言え」

「うん……隠しておこうと思ったんだけど、バレた時にこわいよなぁって思ってて、まだ、まだやってないよ、だから怒らないでほしいなって」

「和美、御託はいいから話せ。どうせろくでもないことだってわかってる」


 兄はコーヒーを一口含んだ後に、こう話し始めた。


「その……友樹くんから霊視の依頼きてて……」


 俺はテーブルを拳で叩いた。


「ダメ! 友樹って二葉友樹でしょ!」


 二葉友樹。兄に火傷を負わせた男。兄にはもう近付かないと手紙を出したはずだ。


「あ……やっぱりダメ? でもさぁ、可哀想でさぁ」

「カズくんどこまでお人好しなの? あいつにやられたこと忘れたんなら、一から十まで話そうか?」

「だから……もう許してるんだってば」


 父が貧乏ゆすりを始めた。


「はぁ……和美。お前が許しても、父さんも直美も許してないんだよ」

「だって、ちゃんと刑務所には入ったじゃない? 僕、それで十分だと思ってて。友樹くんの話、中途半端に聞いちゃったし、解決してあげたいんだよ」

「それで、何だ。二葉友樹の依頼って何だ」

「えっとね……」


 二葉が刑務所に入っている間、二葉の母親が失踪したらしい。二葉の両親は彼が幼い頃に離婚しており、兄の事件を起こすまでは二人暮らしだった。

 二葉の母親なら俺も会ったことがある。実家に来て土下座して謝られたのだ。背が低くて地味な印象の女性で、顔はよく覚えていない。


「霊視の時はナオくんについててもらう。それじゃダメ?」


 父は舌打ちをした。


「母親の失踪自体でっち上げで、和美と会う口実だったらどうするんだ」

「ああ……裏は取った。行方不明者届を出してて、警察のポスターもある。写真これね」


 兄はスマホを取り出した。まず兄が表示したのは「二葉房子ふたばふさこさんを捜しています」というポスターのアップ。去年の十月にいなくなったらしい。さらに、ポスターが貼られている警察署の掲示板全体。間違いないようだ。


「それで、房子さんは精神科にかかってた。酷い不眠だったみたいだね。もしかしたら自殺したんじゃないかって、友樹くんは心配してる」


 父はちらりと俺の顔を見た。


「……直美。お前次第だ。どうする」

「父さんはいいってこと?」

「お前ら兄弟に判断は任せる」

「俺は……」


 脳裏に浮かぶのは、顔に包帯を巻かれた兄の痛々しい姿。あんな目に遭って、それでもなお、手助けをしたいという兄の気持ちはわからない。わかりっこない。しかし。


「いいよ。俺が立ち会う。条件はつけさせてもらう」

「よかったぁ。じゃあ日程調整するね」


 兄のことだ。俺が反対すれば、陰でコソコソと二葉に会うに決まっている。それを防ぐには、正面切って俺も二葉に会うしかない。

 二葉とは、一週間後に店で会うことになった。兄はすがるような目で俺に言った。


「ねぇ、絶対に友樹くん殴ったり、酷いことしたりしないでね。頼むよ。ねっ」

「それは二葉の出方次第だよ。あっちからやられたらやり返すからな」


 そして、二葉房子の事件は思わぬ方向に転がることになる。

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