3-8
深夜、新湊駅。俺たち三人は夜行バスに乗り込んだ。三列シートでゆったりしている。運転席から見て左側に五味、通路を挟み、真ん中に兄、右端に俺という並びで座った。
五味はリュックサックから缶ビールを三本取り出した。
「旅といえば酒だよなぁ! 飲めよ兄弟!」
「ええ……僕、気分悪くなりそうだからパス」
「俺も」
「なんだよ! ノリ悪いなぁ!」
一体今から何をしに行くのかわかっているのだろうかこのインチキゴミ探偵は。五味は調子よく缶を傾け、つばを飛ばしながら話し始めた。
「そういえば弟くんは知ってるのか? オレたちのなれそめ!」
「な、なれそ……」
「ナオくんが勘違いするような言葉使わないで。ただのサークルでの出会いでしょ?」
時々兄が軌道修正しながら聞いたところによると、兄と五味は簿記サークルに入っていたらしい。兄は文学部で五味は法学部。講義で簿記の授業はないのだが、日商簿記二級とやらが取りたくて入っていたとのこと。
年二回、試験を受けるチャンスがあるらしいのだが、兄と五味はなかなか受からず付き合いもずるずると長くなっていったらしい。
そして、いつぞや聞いた給湯器の話だ。兄は大学の近くで一人暮らしをしていて、真冬に給湯器が壊れて交換まで三日かかるということになってしまった。そこで五味の家の風呂を借り、ついでに霊視のことを打ち明けたというわけらしい。
「オレの祖父ちゃんの形見の数珠を持ってたんだよ。それで霊視してもらった」
「まあ、風呂代としてね。お金払ってくれるんならまた霊視するけど?」
「いや、いい……あの時散々祖父ちゃんに叱られたからな……」
五味は缶ビールを次々と開け、三本飲み干してしまった。消灯時間になり、車内が暗くなると、途端に五味はいびきをかきはじめた。
「うるせぇ……」
「ナオくん、耳栓持ってきた。これ使おう」
「ありがとう」
音はシャットアウトされたが、熟睡はできない。夜中の三時くらいにサービスエリアに着き、俺は一気に目が冴えてしまった。それは兄も同様だったようだ。
「ナオくん、トイレ行っとく? あとタバコ」
「そうだね。インチキは……別にいいか」
「うん……ぐっすりだね。羨ましい」
この旅は殺人事件を解決するための旅。それはわかっているのだが、普段と違う場所、いつもは起きていない時間ということに浮き足立ってしまった。
「ふぅ……カズくん、風が気持ちいいね」
「そうだねぇ」
喫煙所で、兄の長髪がふわりとたなびいた。もうすぐ十月。すっかり秋めいてきた。これからは俺の好きな季節だ。もう少し寒くなれば、兄と鍋をつつくのもいいだろう。
「ナオくんは、六角明日香のことどう思う?」
ふいにそんなことを聞かれた。
「まあ……自分勝手だよな。ゴーストライターさせといて、殺して。四門遥香も相当恨んでいるんじゃないの?」
「それなんだけどさぁ。六角明日香を責めないでほしい、みたいなこと言われたんだよ」
「なんで?」
「エリーナ、だっけ? あの小説の主人公。彼女の一番のファンだからって」
「ますますわけがわからないよ……」
夜行バスに戻ると、五味の姿がなかった。発車時間五分前になっても戻ってこなかったので、もしやと思ってトイレを見に行くと、扉を開けたまま便器に吐いていた。
「淳史くん! 大丈夫?」
「無理……無理ぃ……」
兄が五味の背中をさすり、俺は運転手に同行者が体調不良だと伝えに走った。そして出発時間が遅れ、俺たちは五味の代わりにぺこぺこと頭を下げた。
明け方に北森市に着いたが、開いている店といえばネットカフェくらいしかない。五味は足元がふらついており、酒臭いわ汗臭いわで近寄りたくもなかったのだが、小柄な兄に負担をかけさせたくはなかったので、俺が肩を貸した。
「和美ぃ……頭痛いよぉ……」
「鎮痛剤持ってきてる。飲みなよ」
兄は用意がいい。俺が知らないだけで旅慣れていたのだろうか。五味に鎮痛剤を飲ませてネットカフェのフラットシートに寝かせ、パソコンを使って四門遥香が今住んでいることになっている建物の外観を調べてみた。
「うわっ、けっこう年季入ってるアパートだね。女性が一人暮らしするのには向かなさそう」
「お金は切り詰めてるんだろうね」
作戦会議では、朝九時に訪問してみよう、ということになっていたのだが……。五味の体調は戻りそうにない。今いるネットカフェは後払いで、出た時間に応じてパック料金の計算がされるようだった。
「ナオくん、僕たちだけで行こう。早く会って早く帰りたい」
「そうだね。インチキ連れて行ったらややこしくなりそうだし」
「最初から僕たちだけでよかった気がするね……」
「確かに……」
俺と兄は五味を放置し、六角明日香がいるはずのアパートへ向かった。
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