3-7
俺が六角明日香の立場だったらどうするか。考えていたのはそれだった。今の日本で身分証明書もなく生活をすることは難しい。だったら四門遥香として生きているのでは、というのが俺の推理だった。五味はパァンと膝を叩いて言った。
「それはオレも考えてた!」
「……本当に?」
「和美ぃ! 霊視してくれ! 色々と聞きたいことがある!」
三度目の霊視。今度は四門遥香の家族関係を五味は知りたがった。
「今年三十二歳の弟がいる……うん、いける!」
四門遥香は両親と弟がいる。本人も弟も未婚らしい。弟は実家で引きこもりをしているはずだと四門遥香は答えた。
他にも、住所、本籍地、家族の生年月日などを兄が書き取った。その用紙を取り上げ、五味は立ち上がった。
「一旦、事務所に戻る! 忙しくなるぞ!」
用紙をリュックサックに詰め込み、バタバタと出ていった。台風のような奴だ。兄はくわぁとあくびをして言った。
「これで解決かな? 六角明日香が四門遥香のフリをして暮らしている。その可能性は高いと僕も思うし」
「あとはニュースでも見てのんびり待っていればいいね」
平和な日々が戻ってきた。注文を取り、コーヒーを出し、たまに霊視の客の相手をする日々。いつぞやの息子溺愛お母さんもやってきた。
「今度はドレスの色ですかぁ」
「そうなの。歌の発表会に出るんだけどね、あの子の意見を聞きたくて」
人間、年を取ると話が長くなるらしい。母親は一方的にペラペラとまくしたてた。それをふんわり笑顔で相槌を打って聞いてあげるのだから、兄もなかなか忍耐力がある。俺には無理だ。
今度も札束を置いて出ていった母親。兄は扉が閉まるとすぐにタバコを取り出した。
「カズくんって我慢強いよね。ガキの頃からそうだったけど。あんな長話よく聞けるよ」
「僕は自分が話すより人の話を聞くことが好き。だからこの商売は合ってると思ってる。お酒が強かったらバーテンダーになりたかったな」
時刻は夜七時半になっていた。お腹がぺこぺこだ。どこかへ外食しに行こうか、と兄と話し合っていると、扉が勢いよく開いた。五味だった。
「わかったぞ! 四門遥香、いや、六角明日香の居場所が!」
兄はうげぇとカエルが潰れたかのような声を出した。
「あのさぁ……来る時は事前連絡してよ……」
「電気がついてたから入ってもいいかと思ってな」
「だから前もって連絡を」
「いてもたってもいられなかったんだよ!」
五味がリュックサックから書類を取り出して広げ始めたので夕飯はお預けである。
「これを見てくれ。戸籍の附票といって、住所の変遷がわかる書類なんだ。別荘が焼けた数日後に、ここに転居しているという記録がある」
住所は
「腐っても探偵だったんだね。そんな書類を手に入れられるなんて」
「いや、探偵に戸籍や戸籍の附票を請求できる権限はないぞ」
「えっ……じゃあどうやって」
なんと、五味は四門遥香の弟の運転免許証を偽造し、弟であると偽って役所の窓口に行き、書類を手に入れたのだという。
「それって犯罪じゃん。何の罪になるかは知らないけど」
「お前らだって脱税してるだろ! 脱税兄弟! ちょっとくらい強引な手に出ないと前に進まないんだよ!」
それを言われてしまうと返す言葉がない。ともあれ、事態は進展した。六角明日香が四門遥香に成りすまして引っ越したのはこれで断定できただろう。
「それでさぁ和美ぃ、一緒に北森市に来てくれよぉ」
「え……なんでさ」
「六角明日香の前で霊視して、四門遥香を殺したということを問い詰める!」
「もう! 結局最後まで僕におんぶに抱っこじゃないか!」
俺は言った。
「じゃあ俺も行く! あんたとカズくんを二人きりにさせたくない! 何があるかわからない!」
「うわっ……オレってそこまで信用ないの?」
「当たり前だろ!」
兄はうろうろと俺と五味の顔を見ながら言った。
「もう……仲良く……とまでは言わないけどケンカしないで。三人で行こう。話は僕が中心にする。それでいいね?」
それからファミレスに移動し、腹ごしらえ兼作戦会議。北森市は湊市からだと夜行バスで行くのが最も安くてスムーズらしい。
「淳史くん、三人分の旅費くらいは出せるだろうね? あと休業分の補償」
「任せとけ。この件が解決すればかなりの報酬を貰える」
五味は明太子パスタにぶんぶんタバスコをかけて言った。あんなにかけてはせっかくの明太子の風味が台無しである。
「じゃ、今夜の宿もよろしくな!」
「はぁ? またかよ! カズくん、宿代も請求しよう!」
「ああ……確かに。ビジネスホテルよりは安くしとくから払って淳史くん」
「兄弟揃って金にうるせぇなぁ」
五味とおさらばできるかどうかは、六角明日香を捕まえられるかどうかにかかっている。
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