3-6
先に目を覚ましたのは俺だった。兄の前髪をかきあげて、寝顔を観察する。三十歳になったというのに、寝ている時だけは子供みたいにあどけない。
「ん……ナオくん?」
「おはよ」
「おはよう……今日は身体だるいや……」
「ゆっくりしてなよ。そうだ、卵の賞味期限そろそろだ。卵焼きでも作るよ」
料理は一条先輩に教えてもらった。工場勤務の時、毎晩毎晩カップ麺を食べていたら、見かねて俺の部屋に来てくれるようになったのである。あの日々が懐かしい。今ごろ一条先輩はどうしているのだろう。食事をとれるようになっていればいいが。
兄の疲労は霊視から来るものらしい。今日の午前中は家にいてもらうことにした。開店準備中に遼にそのことを伝えた。
「少しでも和美さん休ませたろ。せや、店内の写真アップしといた。やっぱりランタンが目を惹くなぁ」
俺はポン、とランタンを撫でた。
「ハロウィン期間中はこいつにも頑張ってもらおう。さっ、開けようか」
遼とはすっかり息が合うようになった。初対面こそ苦手意識はあったものの、共同作業を通じて俺の評価はいい方に変わっていた。異界でも世話になったし、これからも遼とは良好な関係を築いていきたい。
午後になって兄が来たのだが、多少なりともリフレッシュできたようでスッキリした顔をしていた。
「ナオくん、遼くん、ありがとうね! 交代で休憩行きなよ!」
俺が先に休憩をとることになった。いつもの兄のサンドイッチがなかったので、中華料理屋に入ってみた。俺は断然、辛い物が好きだ。麻婆豆腐を注文した。兄は辛い物が苦手なので一人の時でないと頼めないのだ。
麻婆豆腐が来るまでの間、考えていたのは五味のこと。当時のキャバクラ雑誌を見つけてきて……そこからはどうするというのだろう。何か決定的なことを間違えている気がする。俺たちが知りたいのは「今の六角明日香の居場所」だ。過去を洗ったところで手がかりはつかめるのだろうか。
今は勤務用の白いシャツを着ている。くれぐれも汁を飛ばさないよう注意しながら食べ終え、満腹になって店の外でタバコを吸っていると、ふっとあることを思いついた。
――入れ替わって執筆をしていたということは、そういうこともあるんじゃないか。
しかし、まだ推測の域だ。午後の営業もあることだし、とその思いつきは心の中に留めておくことにした。
夕方五時頃、相変わらずアイロンも何もかけていないくたくたのワイシャツ姿で、五味が現れた。いかにもご機嫌で、細い目をさらに糸みたいにした狐顔を俺は無視。兄が声をかけた。
「まだ営業中だから、例の件は後でね。何か飲む?」
「昼メシ食ってねぇんだよ! アイスコーヒー、ハムタマゴサンド!」
ちらちらと五味の様子をうかがった。うちの店ではフードは出すが調味料は置いていない。余計なものを入れる余地がないのでそれはいいのだが、それなりの大きさがするサンドイッチを、ゴミ収集車がゴミを飲み込むかのように一気に押し込んだので辟易してしまった。やっぱりゴミ探偵だ。
六時になり、探偵の調査結果の披露が始まった。
「これが証拠だ! まりなとるりな。彼女たちは実在した!」
五味が自慢げに見せてきた雑誌のカラーコピーには、そっくりな二人の女性が写っていた。例の六角明日香の卒業写真の面影があるような気がするが、メイクが濃いし、おそらく多少の画像修正がされているのでハッキリとはわからない。兄が言った。
「へぇ、血の繋がりがないのにここまで似てるなんて凄いねぇ」
五味は写真を指さしながら言った。
「まあ、ヘアメイクまで同じにしているから、っていうのはあるな。和美と弟くんも顔立ち自体は似てるぞ」
俺と兄は顔を見合わせた。俺は言った。
「そうか? ガキの頃はともかく、大人になってからは兄弟だって気付いてくれないこと多いけどな」
「アレだな。顔立ちは似てるけど顔付きが違うんだよ。和美はふにゃぁん、ってしてるけど……弟くんは……」
「あん?」
「そういう顔だよ! こわいんだよ!」
俺は肝心なことを五味に尋ねた。
「で? ここからどうするわけ?」
「二人の入れ替わりはこの雑誌で証明できただろ? そして六角明日香を全国指名手配する!」
あまりにもお粗末だった。俺は一気にまくしたてた。
「そっくりな二人がいたっていうだけ。入れ替わっていた証拠にはならない。四門遥香を六角明日香が殺したということにも繋がらない。そして何より今の六角明日香の居場所を突き止める手がかりにはならない。無駄足だったんじゃない?」
五味はわなわなと震え出した。
「なんだよ! それじゃ弟くんは六角明日香の居場所、見当はついてるのか? どうなんだ? そこまで言うからには弟くんの意見も聞こうじゃないか!」
俺の推理はまだ裏付けがない。しかし、勢いに任せて言ってしまった。
「四門遥香は六角明日香のフリをしていた。それなら今は……六角明日香が四門遥香のフリをして生活している!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます