3-5
帰宅して風呂に入り、ベッドに仰向けに寝転がった俺は、天井を見つめながら今回の事件について整理した。
死者は嘘をつかない。というか、つけない。兄の霊視では記憶もわかるからだ。四門遥香という女性が存在したことは確定している。
今俺が探れる手がかりは小説「テンロク」だ。俺はスマホで検索した。元々はネットで連載されていたものである。ダイジェスト版が無料で読めるようになっていた。
思い切って冒頭を読んでみた。詰まりながらも、何とかわかったストーリーは……。
城下町に住む町娘エリーナは、王太子に求婚され王太子妃になるのだが、そうすると暗殺されてしまう。それを五回繰り返しており、六回目では死を回避するために王太子に嫌われようとする、というものだった。
その説明を読み終えたところで俺はスマホを放り投げた。俺は高校生の頃、「山月記」に挫折した人間だ。現代文は酷い点数を取った。そんな俺が女性向けの小説などきちんと読めるはずがない。
諦めて寝て起きて、ソファで五味がだらしないいびきをかいているのにうんざりしながら朝の身支度をして。
再度、営業終わりに霊視をすることになった。五味が自信満々の様子でふんぞり返って言った。
「探偵は事の始まりを重視する。六角明日香と四門遥香。二人の出会いにこそヒントがあると思うんだ」
兄は首を傾げた。
「じゃあ、キャバ嬢時代のこと聞けってこと?」
「その通り! どこの店で、何ていう源氏名だったかとか、そういうのを確認していこうじゃないか!」
兄は左手をヘアゴムにかざし、右手でペンを持って紙に書く、という方法で情報を整理した。
二人が働いていた店は「プルート」。源氏名は六角明日香が「まりな」で四門遥香が「るりな」。ここから五味は現在の居場所を辿れるとでもいうのだろうか。
五味は言った。
「源氏名も似てるな。合わせたのか? 店に入った順番は? 店での二人の力関係は?」
「ちょっと待って。質問は一回につき一個にしてよね」
「ああもう、面倒だから降ろしたらいいじゃないか!」
俺は会話に割って入った。
「カズくん、降ろしたら、ってどういうこと?」
「ああ、ナオくんには言ってなかったね。本人と同じ位置に僕が物を身に着けると、霊を降ろす……霊に僕の身体を乗っ取らせることができる。降霊術だね」
そんなの初耳だ。五味が弟の僕も知らない兄の情報を知っているというのに猛烈に妬けてきた。
「それやってくれよ和美ぃ」
「やだ。僕の身体に凄い負担かかるの。それに、僕の身体使って勝手なことされたら困る」
地道に聞き取りをした結果、先に店にいたのは四門遥香。六角明日香が体験入店した時、そっくりだと意気投合、姉妹キャバ嬢として店側が売り出したらしい。
六角明日香はネットの小説賞を受賞したのを機に店を辞めると決め、同時に四門遥香も水商売から足を洗うことにして、二人の引退イベントが華々しく行われたのだとか。
俺はスマホでキャバクラ「プルート」を調べてみたのだが、既に潰れていた。飲食店の開店閉店情報というサイトに載っていたのだ。当時の情報はかなり工夫しないと見つかりそうにない。
五味がいきなり叫んだ。
「あー!」
俺はびくりと肩を震わせた。間近にいるのに大声はやめてほしい。俺も同じくらいの声で怒鳴った。
「なんだよ!」
「雑誌! 雑誌に載ったことはないか? 水商売専門の雑誌があるんだよ!」
兄はしばらくしてから答えた。
「……月刊ダイヤモンドキャスト。その雑誌に引退イベントの告知と二人の写真が載っているはずだって」
「よしよしよし、それだ! オレ、国会図書館に行ってくる!」
そう言うなり、五味はリュックサックを背負って店を飛び出して行った。
「全く……騒々しい奴……」
「えーと、淳史くん今夜は泊まらないってことでよさそうだね。二人でゆっくりしようか」
今日はコンビニで弁当を買って家で食べた。兄がさも当然かのように米の真ん中に乗っていた梅干しを俺の弁当に入れてきた。
「梅干し嫌なら他のにすればよくない?」
「ハンバーグ美味しそうだったんだもん」
連日の霊視で悪いとは思いつつ俺は確認した。
「なんで降霊術のこと黙ってたの?」
「隠すつもりはなかった。言う機会がなかったから言ってなかっただけ」
「なんであのインチキ探偵は知ってたの?」
「僕の能力について根掘り葉掘り聞かれたからだよ。ああいう図々しいところは探偵向きなのかな……逆かな……」
腹の虫がおさまらない俺は、風呂に入った後、兄の部屋に行った。
「一緒に寝る!」
「ナオくんの方から言ってくれるの珍しいねぇ。いいよ、おいで」
くっつくと体格差がよくわかる。俺はいつの間に兄の背を追い越したのだろう。腕枕をされていた側だったのに、今では逆だ。
「俺、あのインチキ探偵嫌い。この事件終わったら縁切って」
「いや、残しておくと便利かもしれないからさ。ここで貸しを作っておけば、何かの時に役立つよ」
「つまりカズくんは、あいつのことは別に好きとかそういうわけではないってこと?」
「んー。嫌いじゃない、くらいかな」
「俺は嫌い!」
トン、トンと兄が俺の肩を叩いてきた。あやすかのように。俺は何も言えなくなってしまって、ゆるやかな振動に身を任せ、眠りについた。
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