3-3
それまでの話が無駄に長かったせいで夜七時を過ぎていた。まあ、長引いたのは俺が途中で割って入ったせいもあるが。
「淳史くん、明日でいい? 霊視って疲れるんだよ。それに淳史くんと話すのは霊視より疲れる」
「おう、いいぞ。で、和美はどこに住んでるんだ?」
「ここから十分くらい行ったマンションだけど。弟……ナオくんと住んでる」
「じゃあ今夜から泊めてくれ!」
俺が振り上げた拳を遼が掴んだ。
「直美さん、また手が出る!」
「だって! こんな奴泊められるか!」
兄が言った。
「ビジネスホテルとか行ってくれない? 駅前にあるはずだよ?」
「調べたけど高いんだよ」
「探偵の必要経費でしょ」
「……国税局」
「はぁ……うん……わかった……」
兄にとって「国税局」は滅びの呪文と化しており、それを唱えられた以上従うしかないのが現状だった。
遼は先に帰り、俺と兄と五味とで牛丼屋に行った。五味は米も牛も大盛り、キムチにチーズに温泉卵のトッピングもつけた。兄が言った。
「淳史くん、変わらないね。ラーメンの時も調味料全種類ぶっかけるもんね」
「うわっ、カズくんなんでこんなのと交流持ってたわけ?」
「情? 見捨てられなくてさ」
五味を見ると、牛丼をぐっちゃぐちゃにかき回し始めた。ビビンパならそうしてもいいがこれは牛丼だ。
「んー、やっぱりこれこれこれ!」
本人は至って満足そうである。こんな男との共同生活は一分一秒でも短い方がいい。
「カズくん、とっとと犯人突き止めてよね」
「それが難しいところでさ。被害者が犯人の顔見てない可能性あるし、見てても知らない相手ならどうしようもない」
犬のタロの時は兄が犯人のドラ息子のことを知っていた。だから何とかなったのであって、霊視しても必ずしも相手を特定できるわけではないのだ。
家に帰り、五味にはソファで寝てもらうことにした。うちには客用の布団なんてないし、誰かが来ることを想定していないのだ。
「オレここに寝るの? 狭いなぁ」
「文句言うなら他に行け」
「弟くん当たりキツいなぁ。まっ、今夜は親睦をはかろうじゃないか! お兄さんの武勇伝を聞かせてやろう!」
五味と喋っていると胃液が出そうだが、兄の話は気になる。兄がシャワーを浴びている間、詳しく聞いてみることにした。
五味が殺人事件に絡んだきっかけは、不倫調査だったという。夫が依頼者で、妻を調査してほしいと依頼があり、いつ尾行すれば効率がいいか、妻の行動パターンを聞き取りしてまとめていた途中のこと。妻が殺された。
警察がもちろん捜査を進めたが、あまりにも進展がないことに夫が業を煮やし、五味に依頼してきたのだという。
「いやぁ、わくわくしたな。探偵が殺人事件の調査をするなんて小説の中だけだと思ってたからさ。やります! って高らかに宣言したはいいものの、調査権限があるわけじゃないからさ……」
それでも五味は「殺人事件を解決した探偵」として名を売りたかった。それで兄に頼み込んだのだという。
霊視した結果、妻を殺したのは、別に不倫相手でも何でもなく、妻の父親だった。妻の父親はギャンブル中毒で、しょっちゅう金をせびっており、妻がしばしば連絡したり会っていたりしたのはその父親だったのだという。
そして、妻がもうお金を渡さない、と突っぱねたことで妻の父親は激昂。殺した、というのが事の真相だった。
「それからオレは業界内で有名になった。今回の六角明日香の親も、その事件の噂を聞きつけてオレに依頼してきたんだよ」
「インチキ探偵……」
「インチキとは失礼な。オレは交友関係が広くてその手を借りただけだ」
兄が風呂場から出てきて、長い髪をごしごしと拭きながら歩いてきた。火傷の痕を隠さない辺り、兄は五味のことをそれなりに気安い相手だと思っているのだろう。
「二人で何の話してたの?」
「オレと和美の華々しいデビューについてだよ。なぁ和美、喫茶店よりオレと組むのはどうだ」
「やだ。せっかく店で修行したり資格取ったりしたんだから」
次は俺が風呂に入った。五味なんてもちろん最後だ。出てくると、兄は五味にファイリングされた資料のようなものを見せられていた。
「何やってんの?」
五味が答えた。
「事件の新聞記事を読んでおいてもらってるんだ。報道ではあくまで被害者は六角明日香。小説家のむーむーねこが死んだということは表沙汰になってない」
「えっ、なんで?」
「編集に聞いたんだが……あの小説。テンロクは最終巻の執筆途中だったそうだ。それが出せないとなると大事になる。だからまだ出版社側で扱いを保留しているそうだ」
どろり、と胸の奥が濁るような感覚に襲われた。莉子ちゃんの事件を思い出してしまったのだ。あれから莉子ちゃんは活動休止状態のまま、真相は明かされていない。明かすことができない。今回も、何か複雑な事情か、はたまた。
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