3-2

 五味は探偵の名刺を突き出してきたが、こんなものいくらでも自作できるし信用度は上がらない。むしろ下がりっぱなしである。一応取っておくか、と名刺をポケットに突っ込んだ。


「和美、頼む。あと一回。あと一回だけ。俺の探偵生命がかかっているんだよ」

「カズくん……どういうこと?」

「ああ、まあね。一回だけだよっていう条件で霊視したんだよね」


 兄と五味が語るところによると、二人が大学の同級生であることは間違いないらしい。そして、五味が探偵として独立後、兄の霊視で殺人事件の犯人を突き止め、五味がそれを解決したことになったのだという。


「頼むよ和美。オレとお前の仲だろ? オレ、散々尽くしただろ?」 


 一気に血が沸騰してしまった。


「どういうこと! 二人はどういう仲なの!」

「ナオくん落ち着いて、だからただの同級生」

「互いの裸は知る仲」

「はっ……やっぱりそういうのじゃないか!」

「淳史くん、あおらないでよ、僕の家の給湯器壊れてお風呂借りただけでしょ?」


 ぴとっ、と首に冷たいものがあてられた。


「ひぎゃっ!」

「直美さん、落ち着きやぁ」


 遼が保冷剤を持ってきたのであった。兄が心底げんなりしたように息を吐いた。


「淳史くんあの時さぁ、これからは自力で解決するって宣言したじゃないか」

「撤回。やっぱり和美の力がないとできない。不倫カーセックスの録画編集とかする日々はもう嫌なんだ。オレ、和美には色々してあげたじゃんかぁ」


 多少気は静まったが、兄と五味との関係がハッキリしないことには俺も納得できない。


「色々って何。あんたもストーカーしてたんじゃないだろうな」

「オレはやってないって。まあ、和美と同じ講義取って一緒にいたけど。その時にノートのコピーあげたろ?」

「大学時代のこと持ち出されてもね……まあいいよ、話だけは聞く。どんな事件?」


 五味はパチン、と指を鳴らした。


「よぉし! それじゃあアイスコーヒー一杯!」


 遼が声を張り上げた。


「アイスコーヒー入りましたぁー!」


 やかましいのは一人だけで十分なのだが。ともあれ、五味探偵の説明が始まった。


「今回の被害者はなんと小説家。それだけでも興味そそられないか? んっ?」


 俺は本を読まないので全くそそられないわけだが、俺が割って入ると話が進まないのはさすがにわかっているので口を閉じていた。

 殺されたのは六角明日香ろっかくあすかという女性。「むーむーねこ」というペンネームでライトノベルを出版していたのだという。俺はすぐにスマホで検索した。


「なんだこれ。タイトル長っ……」


 タイトルは「転生六回目で今度こそ溺愛回避〜それでも王太子様が迫ってきます~」というもので、十五巻まで発売されていた。兄が俺のスマホを見て言った。


「へぇ、このご時世、本を一冊出すだけで大変なのに、十五巻まで出てるなんて凄いじゃない。界隈では有名なんじゃないの?」


 五味が人差し指を左右に振った。


「その通り。テンロクはコミカライズもされていて、女性に人気がある。胸キュンとハラハラの王道ストーリーだ」


 六角明日香は親族が持っていた別荘に一人暮らしで、そこで執筆をしていたらしい。その別荘が燃え、中から死体が発見されたのだが、司法解剖すると背中に刃物で刺された痕があり、刺されて殺された後に火をつけられたと考えられるという。

 五味は言った。


「警察ももちろん捜査しているんだが、親御さんに金を積まれてな。別荘の焼け跡にも行って調べてみたんだが……お手上げだ」


 五味はリュックの中から一枚の用紙を取り出した。そこには卒業アルバムの写真を引き伸ばしたのであろう、女子高生の画像が印刷されていた。六角明日香。くっきりした目にすっと通った鼻の、なかなかの美人だ。


「デビュー前はキャバクラで働きながら執筆。ネットの小説賞を受賞して作家業に専念。ここ数年、出版社の人間以外とは関わりを絶っていたらしい。気になるだろう? 和美ぃ、気になるだろ?」

「……いや、別に特に何も気にならないよ。ご愁傷さまとしか」

「和美ぃ! 頼むって! 手がかりゼロなんだってば!」


 五味が兄の手を握ったので手刀ではたき落とした。


「あいたー!」

「カズくんに触るな!」

「ごめんね淳史くん、あれ以来ナオくんって過敏でさぁ……」


 コホン、と兄は咳払いをした。


「とにかく、僕はやらないからね。淳史くんって別に才能ないんだから、大人しく不倫調査してた方が身のためだし、コツコツ稼げると思うよ」


 じとり、と五味が兄を見上げて呟いた。


「……国税局」

「えっ?」

「国税局。霊視商売を告発すれば間違いなく国税局は動く。故意、悪質、巨額。刑事告訴は免れないだろうし、実名報道されて喫茶店の経営も危ういだろうね。あーあ、言っちゃおうかな。オレ、言っちゃおうかな」


 兄は頭をかきむしって叫んだ。


「わー! わかったわかった! やればいいんでしょ!」


 そうして、兄は脅しに屈した。

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