三章 依頼者・五味淳史
3-1
あれからも俺は「ぱっしょんナイン」のアカウントをチェックしていた。俺は莉子ちゃんに関わった者の一人として、このグループの終焉を見届ける義務がある。頻繁にグッズの宣伝がされており、解散する予定だと知ってしまっている以上、在庫を売り切りたいのだとしか思えなかった。
九月の一週目が過ぎ、開店準備が終わってくつろいでいると、兄がこんなことを言ってきた。
「もうハロウィンでいいと思うんだよねぇ。ナオくんそういうのセンスあるでしょ。店の飾り買ってきてよ」
「ああ……いいよ」
「経費にするから領収書よろしく!」
脱税霊視商売とは違い、喫茶店の経理はきちんとしているらしい。ランチタイムが終わり、昼食を食べた後、俺は湊中央駅に行った。
湊中央駅はショッピングモールと直結している。フードコートもあり、兄と何度か利用したことがある。雑貨屋がいくつか入っていることを知っていたので、そこを巡ってみた。
――予算は言われてないもんな。安っぽいのにして店の雰囲気壊したくないから、きちんとしたやつを買おう。
俺は手のひらに乗るカボチャの置物や、壁に吊るすコウモリや黒猫のタペストリーに目をつけた。そして、迷いに迷ったのが、俺の膝くらいの高さまである大きなカボチャのランタン。LED照明で目と口が光る。そこそこ値段がするので、さすがに兄に電話することにした。
「カズくん? あのさぁ……」
ランタンのことを説明すると、兄は電話の向こうではしゃいでいた。
「いいねいいねー! どーんと置こうよ!」
俺は腕に紙袋をひっかけ、ランタンを赤子を抱っこするかのようにして運び、店まで帰った。遼が扉を開けてくれた。
「おっ! でっかいなぁ!」
「店閉めたらお前も飾るの手伝えよ」
あと少しで閉店、ということで、店には馴染の老人しか客はいなかった。俺は一旦バックヤードに引っ込み、ソファでヘビ娘のシナリオを進めて暇を潰すことにした。
今とりかかっているのはアミメニシキヘビ。積極的な性格で、プレイヤーへの好意をわかりやすくぶつけてくる。ただ、大食いで態度も大きい。
――可愛いけど、実際にこういう子がいたら相手は面倒だなぁ。
「ありがとうございましたー! またお越しください!」
遼が大声を張り上げたのが聞こえた。老人が帰ったらしい。時刻を見ると六時を過ぎていたので、俺は店の様子を見に行った。兄が灰皿を洗っており、遼がクローズの札をかけて戻ってきたところだった。俺は言った。
「飾りつけしようか」
兄が答えた。
「僕、そういうの自信ないからさ。ナオくんと遼くんでお願い! いい感じに頼むね!」
俺はタペストリーを飾ることにした。遼に頼んだのは小物のセッティングだ。先に遼が終わり、ランタンの包装をはがしてもらった。
「めっちゃ可愛いやん」
「だろ? どこがいいと思う?」
「傘立ての横は?」
「ああ、そうするか」
ランタンを設置し、スイッチオン。オレンジ色に光る立派なジャック・オ・ランタンがこの店に鎮座した。兄がくるりと店を見渡して笑みを浮かべた。
「いいねぇ、いいねぇ。やっぱり季節感は大事にしないとね」
ほっこりしかけたその時だった。店の扉がドンドンと叩かれた。宅配業者が来る予定は聞いていない。何者だ。俺は追い返そうと思って扉を開けた。
「どうもー!」
そこに居たのは、シワシワのワイシャツにスラックスをはき、パソコンでも入っていそうな四角いリュックサックを背負った男だった。ツリ目でアゴが細く狐のようだ。年の頃は三十代前半といったところだろうか。
「今日はもう閉店です」
「和美に会いに来たんだ! オレの顔見てもらえればわかるから!」
馴れ馴れしく兄の名を呼ぶ時点で信用できない。簡単に入れてなるものか。
「兄との関係は」
「和美の大学の同級生! 和美ぃ! オレ! オレ! 入れて!」
兄が俺の後ろにやってきた。
「うわぁ……マジか。いいよナオくん。入れてあげて」
「でも……」
「大丈夫。めんどくさいけど悪い奴じゃない。めんどくさいけど」
男はずかずかとカウンター席に座った。
「従業員二人もいるんだ?」
「うん。金髪の方は弟ね。で、何しに来たわけ。来るなら来るって連絡してほしいんだけど……」
「和美、理由つけて逃げるだろ。だから押しかけてきた」
「はぁ……」
男はリュックサックをどしりとカウンターの上に置いた。重そうだ。
「実はさ、助けてほしいんだよ。和美しかいないんだよ。頼むよ。なっ?」
「それは内容によるけど。金なら貸さないよ?」
「そういうことじゃない。ほら、アレだよ。アレ使ってちょちょっとやってほしいんだよ」
「一回限りだって約束したじゃないか」
おそらく霊視だ。俺は男をにらみつけた。
「で、あんた何者なんですか?」
「ああ、オレ? 探偵。探偵
これが今回の厄介事の始まりだった。
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