2-8
ぽつり、ぽつり。莉子ちゃんは話をしてくれた。話の内容は行ったり戻ったり、捉えにくいものであったが、おおよそこういうことだった。
応援メッセージは、全て一条先輩だった。
一条先輩は、多数のアカウントを持っており、それを使い分けて莉子ちゃんを推す人が大勢いるように装っていたのだ。
メッセージの文面に不信感を抱いた莉子ちゃんが、一条先輩のスマホを見たところ、それがわかったということだった。
「わたしを推してくれてる人なんて……お兄ちゃんしか……お兄ちゃんしかいなかったのぉ……」
さらに、衝撃的な事実を次々と告げられた。莉子ちゃんがセンターの座を得られたのは、プロデューサーと寝ていたからだった。
極めつけは、「ぱっしょんナイン」が年内には解散することが決まった、ということだった。
ご当地アイドルである「ぱっしょんナイン」は自治体から助成金が出ていたのだが、それが打ち切られるというのが主な原因だった。経営はとっくに火の車だったらしい。
そもそも活動中、ろくな報酬は支払われておらず、しかも、莉子ちゃんをはじめとしたメンバーたちは、バイトをして衣装代を自腹で払っていたらしい。
「どうせ……わたしたちは使い捨て……」
そう言って、莉子ちゃんはさめざめと泣いた。ミュージックビデオの華やかな笑顔の裏に、こんな苦悩が隠されていたなんて、俺は思いもしなかった。
さらに莉子ちゃんは語り続けた。六月三十日。莉子ちゃんは自殺しようと橋から川に飛び込んだらしい。
莉子ちゃんは再起をかけて他のオーディションに参加するには年を取りすぎていた。元々、枕営業で勝ち取ったセンターの座だ。実力では到底アイドルにはなれないと本人は自覚していた。
もう将来が見えない。それが行動を起こした理由。そして、川に落ちたところまでは覚えているそうだが、気が付くと異形になり用水路を這っていたということだった。
それまで黙っていた遼が言った。
「
ぐぐっ、と中央の頭が格子の方に伸びてきて、叫んだ。
「そうだよ! 嫌い! 全部嫌い! わたし自身が一番嫌い! なりたかった! たくさんの人に愛されるアイドルに! なりたかったんだよぉ……!」
そして、肉塊がドロドロと溶け始めた。頭が一つ、また一つと崩れていき、とうとう中央の頭だけがぽつんと残された。生首の状態だ。遼が言った。
「力が……弱まった。吐き出してもてスッキリしたんやろか……」
生首の莉子ちゃんは、ふるふると唇を震わせていた。目にはまた、大粒の涙。兄はしゃがんで莉子ちゃんに語りかけた。
「今回、僕はお兄さんの依頼で来ています。伝えたいことなどありますか」
莉子ちゃんはゆっくりと唇を開いた。
「忘れ……ないで……」
忘れないで。忘れないで。忘れないで。
しばらく、莉子ちゃんはその言葉を繰り返した。
「わたしが……アイドルだったこと……せめてお兄ちゃんだけは忘れないで……」
兄は立ち上がった。
「確かに、そうお伝えします。他にありますか?」
「ないです……わたし、これから、どうなるんですか?」
それには遼が答えた。
「この檻からは早めに出られるかもしれへん。当主さまに確認せんとわからんけど。それからは、異界の里で暮らしてもらう。思い残すことがすっかりなくなったら、ほんまに消えてしまうことも選べるで」
「そうですか……わかりました……」
もう一度兄が問いかけた。
「莉子さん。僕たちはもう帰りますね。本当にいいですか?」
「はい。どうもありがとうございました」
兄と遼は顔を見合わせ、頷いた。そして、遼が格子に手をかざした。元の壁が現れ、莉子ちゃんの姿は見えなくなった。
「さ……帰りましょか。異界は行きは怖いが帰りはよいよいや。すぐ七宮家に着くからなぁ」
遼が言い終わった瞬間、目の前が暗くなり、目覚めた時には、柔らかいものの上に寝かせられていた。
「……えっ?」
兄がニカッと笑って見下ろしてきた。
「よかったぁ! 気付いたぁ! やっぱりナオくんには負担が大きかったみたいだねぇ」
身を起こすと、寝ていたのは布団で、和室にいることがわかった。七宮さんと遼の姿もあった。遼がいつもの調子で言った。
「おれが運んだんやでぇ? 礼言うてくれるかぁ?」
「あ……ありがとう」
あんなに痩せぎすの遼が俺を運べたとは。借りを作ってしまった。どのくらい寝ていたのかまるでわからなかったが、身体に痛みなどはなかった。
七宮さんが言った。
「夕食にしましょうか。お寿司とってます」
俺がいたのは七宮家の二階だったようだ。階段を降り、リビングで寿司を頂いた。兄が中心となって莉子ちゃんのことを報告。
問題は……一条先輩に、どこまで話すか、ということだった。
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