2-6
一条先輩が来る前日。兄は合間を見ては店のパソコンに向かっていた。さすがに気になった俺は声をかけてみた。
「何してるの?」
「ん……七宮さんから報告書もらったんだけどさ。パッとは読めないでしょ。パソコンで打ち直してた」
その日の営業終わり、俺はその報告書の打ち直しを読ませてもらった。
「えーと、つまり、七月二日にその地域の眷属が莉子ちゃんを見つけて、保護して七宮家に転移させた後、七宮さんが異界の檻に閉じ込めたってこと?」
「ナオくん要約上手いね。そういうこと」
遼が補足してくれた。
「あそこやったら
「けっこう……危険なんじゃない?」
「まあな。ただ、当主さまの力はちょろっともらっとうから。ほんまやったら直美くんのことボコボコにできるんやで? せぇへんだけやで?」
「あ? やってみる?」
「もう! 二人ともケンカはダメ!」
俺は握りかけた拳を引っ込めた。兄が言った。
「それで……保護してくれた迅くんって子を呼んでくれるって七宮さんが。当時の詳しい状況を説明してくれるみたい」
翌日店に来た迅は、黒髮の少年だった。背は低く、中学生くらいに見えた。遼があんなのなのでこちらも陽気なのかと思いきや、オドオドしていて誰とも目を合わせることができない少年だった。
「あっ、あのぅ……ぼく、きちんとできるかどうか……」
兄がとん、と迅の肩を叩いた。
「心配しないで。分かりづらいところがあったら僕が誘導するから。ねっ?」
「はい……」
あまりの迅の怯えっぷりに俺も心配になってしまったのだが、一条先輩の前に座ると態度が一転、キビキビと話し始めた。
「莉子さんがいらっしゃったのは用水路です。異形化した後、そこで身を潜めていらっしゃったようで……」
莉子ちゃんは迅を見るなりすぐに襲いかかったらしい。詳しいやり取りの様子は省かれたが、迅が間合いを詰めて七宮家に転移。待機していた七宮さんが意思の疎通を試みるも、あまりの凶暴さに檻に押し込めるしかなかったのだとか。
「ぼくも当主さまも、話をすることができませんでした……」
「それで、莉子はどんな姿に?」
「ぼくの口からは言いにくいです。辛うじて若い女性だとわかりましたが、人間の姿からは大きくかけ離れてしまった、としか」
迅の出番は終わり、兄と席を代わった。
「これが七宮家当主の報告書と、僕がその内容をパソコンで打ったものです。これはお渡しします」
「ありがとうございます。では……これが、応援メッセージを印刷した紙です」
紙は六枚にわたった。俺は知らなかったのだが、莉子ちゃんは個人ブログも持っており、そこにも書き込みがあったのだという。兄は言った。
「なるべく多くの話を引き出せるよう努力はしますが、あまり期待はなさらないでください」
「わかりました……お願いします……」
異界の里へは、俺が実際行って帰った通り、さほど苦労を要しない。だが、檻へ行って戻るとなると、こちらの世界での時間は三日は流れるらしい。そのことを兄は説明した。
「というわけで、店を閉めねばなりません。その間の営業分の補填も代金に入っていると考えて頂ければ」
「お金ならかき集めました。どうか、頼みます」
そして、俺は口を開いた。
「異界へは俺も行くので。一条先輩の想い、きちんと伝えてきます」
「頼むよ、直美くん」
一条先輩が去ってから、俺は兄に言われた。
「ナオくん、軽々しく言っちゃダメ。莉子さんもう話が通じないかもしれないんだから」
「それでも俺はやるよ。一条先輩がどれだけ莉子ちゃんのこと大事にしてたか知ってるから。カズくんも兄なら気持ちわかるでしょ?」
「まあ……そうだけど」
バックヤードから、やかましい声が聞こえてきた。
「やだ! 遼くんは来ないでよ!」
「ええやんかぁ!」
俺はイライラしながら見に行った。
「何やってんだよ」
「ぼく、今日は当主さまのところにお泊まりするんだけど、遼くんも来るとか言うから!」
「迅くんだけずるいー!」
「今日はぼくが当主さまを一人占めするんだ!」
眷属間でも色々あるらしい。二人ともゲンコツして両成敗したいところだが、七宮さんに責められるのは避けたい。俺は兄に助けを求めた。
「カズくーん。鴉同士がギャーギャー言ってるんだけど」
「好きにさせたら? はいはい店閉めるよ!」
遼と迅のことは放っておいて、俺は兄と帰宅した。それからは、夕食をとりながらちょっとした作戦会議。兄が言った。
「うちは土日の方が売上がいい。月火水を休みにしよう」
「じゃあ、次の週明け?」
「そう。九月になっちゃうけどね」
異形となった莉子ちゃん。迅がああやって濁すほど、変わり果てた姿になっているのだと、俺は覚悟した。
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