2-5

 七宮さんの家から帰った後、兄は夜に一条先輩と電話をしたようだ。その結果は、聞かなくても兄のうなだれっぷりでよくわかった。


「一条先輩……払うんだね」

「そうだよぉ……打ち合わせもした……あとは七宮さんに細かいところ聞いて……うん、行くよ、行きますよぉ」


 兄は営業のやる気が出ないとバックヤードにこもってしまったので、俺と遼が店を回した。遼は調理までできるようになっていた。鴉のくせに器用な奴だ。

 莉子ちゃんについての相談もしたかったが、もう一つ兄に聞いておきたいことがあり、休憩にバックヤードに入った時に尋ねた。


「カズくん、かき氷いつまでやる?」

「ん……キリよく八月いっぱいで終わりにしよう。遼くんにSNSで告知するよう言っといて」


 今日の気温は下がっており、過ごしやすくなっていた。兄が机にアゴを乗せてへにゃんと座っているのを横目に、俺はヘビ娘の育成シナリオを進めた。


 ――ヤバっ。ティタノボアのシナリオ、泣ける。


 ティタノボアは絶滅してしまった蛇だ。他のヘビ娘と比べて奥手で感情表現が乏しいのだが、クール系と分類してしまうには複雑なキャラクター。シナリオの最後で「私の記録を、記憶を世界に残したい」と初めて本音をぶちまけるところでうるっときてしまった。


「はぁ……ナオくん何だか楽しそうだね。僕もゲームでもしようかな」

「あっ、ヘビ娘は友達紹介したらお互いに特典が」

「いや、なんかそういうややこしそうなやつじゃなくて、パズルとか」

「ああ……そっちは詳しくないや」


 俺はヘビ娘のアプリを閉じ、「ぱっしょんナイン」のアカウントを覗いた。九月のスケジュールが投稿されており、精力的にライブを行うようだった。

 アイドルの「りこ」はもう戻らない。いつまでも活動休止のままとはいかないだろうし、どこかのタイミングで脱退ということになるのだろう。

 そして、莉子ちゃんの社会的な扱いだ。莉子ちゃんの死体は出ない。死んだということが証明できないのである。


「カズくん、莉子ちゃんが死んだことは届出とかできないよね? どうなるの?」

「僕も聞きかじっただけだけど。七年間行方不明だと死亡だとみなすことができるらしいね」

「七年間か……」

「はぁ、僕もやる気出そう」


 兄はひゅっと頭を上げ、パソコンのキーボードを叩いてプリンターで何かを印刷した。


「何印刷したの?」

「七宮さんに聞きたいこと一覧。あの人スマホとか持ってないし、こういうことは書面でのやり取りって決まってるから、遼くんに伝書鴉してもらう」


 その時ちょうど遼がバックヤードに入ってきた。


「直美さん、交代やで」

「はいよ。伝書鴉の仕事だって」

「ご利用ありがとうございまーす!」


 遼のアホなかけ声が、その時はかんに障らなかった。こんな事態だ。一人でも明るい奴がいてくれるのは気が紛れていい。


「ほなおれ、早速行ってくるわぁ」


 そう言うなり、遼は服を脱ぎ始めた。


「おい! 何やってんだよ!」

「ん? 七宮家へは転移で行くけど、店に戻って来る時は鴉で戻ろうと思って。その時服は運べへんから」

「ああ、うん、そういうことね、はいはい!」


 遼が男……オス? で良かった。女性の姿なら目も当てられないところだ。

 店に戻ると、数人の客が午後の憩いの時間を過ごしていた。ほぼ喫煙者である。喫茶「くらく」はネットの喫煙所マップに載っており、一服目当ての客は大歓迎といったところだ。

 遼は休憩時間内に帰ってきた。その時客がいなくなっていたので、俺もバックヤードに様子を見に行った。人間の姿の遼が服を着ているところだった。


「当主さま、もうお返事してくださったでぇ」


 見ると、兄が印刷した紙に手書きの文字が書き添えてあった。やっぱり、読めない。俺は兄に聞いた。


「カズくんはこれ読めるんだね」

「大学の研究とかで慣れてる。まあ、この字は……七宮家の、というより、あの人自身の癖だと思う」


 兄が最も聞きたかったのは、「異界には物を持ち込めるか」ということだったらしい。


「スマホはやっぱりダメか。紙がいけるなら、うん、そうしてもらうか」

「カズくん、どういうこと?」


 一条先輩は、SNSに書き込まれた「りこ」へのメッセージを見せたいと願ったらしい。確かに活動休止の報告には沢山の返信がきていた。

 僕はアイドルではないし、誰かに応援される立場になったことはないが……。自分を推してくれている人たちが大勢いたのだ、ということは、慰めになるかもしれないと思った。


「一条さんには印刷した紙を持ってきてもらう。まあ、字を読めるかどうかは行ってみないとわからないけど」

「俺、凄くいいアイデアだと思うよ」


 そして、また一条先輩に店に来てもらうことになった。

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