2-4

 莉子ちゃんが異形になった。

 そのショックは遅れてやってきた。一条先輩が店を出ていき、兄とタバコを吸いながらだ。


「カズくん……異形って、人間としては死んでるんだよね。ってことは、人間には戻れないってこと?」

「そうだよ。こればっかりは諦めてもらうしかない」


 神妙な雰囲気をぶち壊したのは遼だった。


「話聞こえてたでー! 異界関係やてー?」


 バックヤードから出てきた遼は全裸だった。俺はタバコを灰皿に放り投げ、カウンター越しに遼の横っ面をぶん殴った。


「服着ろ!」

「あいたたた……当主さまに告げ口したろ……」

「ナオくん、暴力はダメだよ。手が出る癖、治ってないなぁ……」


 遼が服を着るのを待って、三人で話し合った。


「ほな、今から当主さまのとこ行こかぁ。早い方がええやろ?」


 遼の言葉に兄は頷いた。


「じゃあ、頼むよ」

「はいはい、お二人さん、くっつけとは言わへんけどおれに寄って寄って」

「はぁ?」


 どういう意味なのか問いただそうとする間もなく、俺は兄に腕を引っ張られ、遼と肩同士がぶつかった。


「えっ?」


 視界が真っ白になった。手も足も動かせない。ぞわり、と背筋が寒くなり、それが治まる頃に、視界が開けてきた。


「……うわっ!」


 目の前には、七宮さんの家があった。横から至ってのんきな兄の声がした。


「いやぁ、便利便利。遼くん借りてて良かったよ」

「何これ? ワープ?」

「せやで。転移て言うてるけど。ただ、転移先は七宮家しか選ばれへん。帰りは電車使ってなぁ」

「ワープするならするで説明しろよ!」


 もう一発遼を殴ろうかと拳を握った時、玄関の扉が開いて七宮さんが出てきた。


「気配がすると思ったら……あなたたちでしたか」


 俺は握り拳をポケットに突っ込んで七宮家に入った。通されたのは前回の和室ではなく洋間だった。ローテーブルを囲むようにソファが置いてあり、俺と兄は横並びに座った。斜めに七宮さん。その足元にすがりつく遼。


「当主さまぁ! 聞いて下さい! 直美さんに殴られましたぁ!」

「服着てなかったからだろ!」

「遼……人間の姿の時は服を着なさいとあれほど言っているでしょう。直美さん、遼にも至らないところは多々ありますが、殴るのはどうかやめて下さい」

「はぁ……わかりましたよ」


 そして、ようやく本題に入った。兄が経緯を説明した。遼が緑茶をいれて持ってきてくれたが、俺も兄もそれには手をつけず、七宮さんの表情を伺った。唇をきゅっと結び、厳しい顔付きだ。


「……なるほど。その方が失踪したのが六月三十日で間違いないとすると、記録を調べるまでもありませんね。どの異形かは特定できました」


 兄が身を乗り出した。


「それで、里ですか、檻ですか」

「檻です……」

「うわぁ……うわぁ……最悪……もう逃げたい……」


 俺は兄の腕を掴んだ。


「ちょっと、またわけわかんない単語出てきたんだけど、どういうこと!」


 七宮さんが言った。


「私から説明しますね。前回直美さんをお連れしたところ。あそこは便宜上、里と呼んでいます。害のない異形が住むところです」

「それで、檻っていうのは言葉通りの意味ですか」

「はい。他害のおそれがある異形を封じておくところです。無害化するには……あの異形だと……こちらの時間で百年以上はかかりますね」


 俺はごくりとつばを飲み込んだ。兄がジタバタと手足を動かし始めた。


「わー! やだやだやだー! 僕、さすがに檻には行ったことないよ? やだー! 断りたい!」

「カズくん! ガキみたいな駄々こねないで!」


 兄が落ち着いたところで、俺は七宮さんに尋ねた。


「莉子ちゃんは……どんな異形になってしまったんですか」

「言葉では上手く説明できませんが、おそろしい姿になってしまいました。話は、辛うじてできるかどうか、といったところです」


 ふうっ、と兄がため息をついた後に言った。


「決めた。五倍ふっかけよう。それ出すって言うんなら僕は檻に行く。そうじゃないと割に合わない」


 俺は言った。


「そうなったら俺も行く。カズくんだけだと心配だ。それに、ここまで話を聞いてしまったからにはもう部外者じゃないよ?」

「うん……わかった。あー! どうか一条さんが諦めてくれますように!」


 夜遅くなったので、七宮家で夕食を頂くことになった。といっても、急なことだったので宅配ピザだった。食べながら、俺は兄に聞いた。


「なんで一条先輩は連れていけないの? 俺は蛇になったけど大丈夫だったじゃん」

「元を辿ると僕たちは七宮家の血筋だって言ったでしょう? だからだよ。異界に関わりのない普通の人間が行くと……七宮さん、どうなりますかね?」


 七宮さんはティッシュで口元をぬぐってから言った。


「昔伝え聞いた例だと、粉々の肉片になるとか。直美さんは表だった力はないかもしれませんが普通の人間ではないんですよ。しかも三綿家の血もひいていらっしゃいますし……」

「あー七宮さんストップ! ナオくんに三綿家のことはまだ教えないで!」

「はぁ? いつになったら教えてくれるんだよー!」


 それからしばらくわめいてみたが、兄も七宮さんも黙々とピザを食べるのみだった。

 

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