2-3

 一条先輩が来る日。まだ暑さは厳しく、かき氷が飛ぶように売れた。俺は接客をしながらそわそわして仕方がなかった。今日の霊視で最悪の事態が発覚するかもしれないのだ。

 六時に店を閉め、一条先輩が来る七時まで待つことになった。俺は兄に言った。


「カズくん、約束して。どんな霊視結果だったとしても、絶対に嘘は言わないって」

「ああ……うん……」

「一条先輩は俺が本当に世話になった人なんだ。莉子ちゃんのことも俺個人として心配。だから嘘つかないで」

「ナオくんがそこまで言うなら」


 兄は小指を立てた。俺はそこに自分の小指を絡めた。俺と兄は声を合わせた。


「指切り!」


 兄は目を細めて言った。


「久しぶりだね、これやるの」

「ガキの頃以来じゃない?」


 そんな俺たちの様子を遼はぷかぷかタバコを吸いながら見ていた。鴉のくせに吸うらしい。


「おれ、おらん方がええかなぁ?」


 兄が遼に返した。


「表にいられると一条さんも気が散るかも。万一のためにバックヤードにいてほしいかな」

「合点承知!」


 アホみたいな返事をした後、遼は吸い殻を灰皿にすりつけ、バックヤードに入っていった。少しして、くわぁ、と変な声がしたので、気になって見に行くと……鴉がソファの上にいた。


「うわっ」


 どうやら遼らしい。こちらの姿は初めて見た。床に遼が身に着けていたシャツやズボンが散らばっていた。


「何? そっちの方がくつろげるの?」


 遼は首をひねった。肯定なんだか否定なんだかわかりかねるが、多分俺が言ったことは合っているのだろう。へにゃんと羽根を座面につけてくちばしを開けた。


「まあ……何でもいいけど……大人しくしてろよな……」


 兄と二人、今か今かと待ち構え、約束の七時になった。それから五分くらいして、一条先輩が入ってきた。


「お兄さん、はじめまして。一条です。直美くん、久しぶり」


 背はもちろん高く迫力があったのだが、気になったのはげっそりした頬だった。


「一条先輩……痩せましたね」

「莉子がいなくなってから、食事が喉を通らなくてね……」

「直美の兄の和美です。どうぞおかけ下さい」


 兄と一条先輩は向かい合わせに座った。


「一条先輩、飲み物は……」

「要らない。すぐに霊視してもらって構いませんか」


 一条先輩はテーブルの上に腕時計を置いた。時計メーカーの物ではない。雑貨屋で安く売られているアクセサリー代わりの物だろう。兄はいつも通りの注意事項を述べた後、腕時計に手をかざした。


「あっ……うん……これは……うん……」


 兄の漏らす声に不安があおられる。おそらく「視えて」いる。それはつまり、莉子ちゃんはもう死んでいる。長い時間が流れた後、兄は手をかざすのをやめ、ぐしぐしと左目をこすった。


「えーとですね。僕、ぶっちゃけ、都合が悪い霊視の時は嘘つくんですよね。でも、今回は嘘つかないって約束したんで……その……」

「カズくん! 結論から話して!」


 大声が出てしまった。


「わかったわかった。あの、莉子さんは残念ながらお亡くなりになっています。そして、異形になって異界にいらっしゃいます」

「……どういうことですか?」


 兄は一条先輩に異形や異界のことを説明した。とても信じてはもらえない内容だ。嘘をつかないと約束していなければ、兄はきっと適当なことを言って濁すつもりだったのだろう。

 一通りの説明が終わり、兄が言葉を切ったところで、俺は一条先輩に声をかけた。


「とても信じられないと思いますが、本当です。俺、実際に異界に行ったことがあります。異形というのは本当にいるんです」

「オレは……お兄さんを、というより直美くんを信じているからね。直美くんは短気だけど正直者なのはよくわかってる。それで、莉子と会うにはどうすればいいんですか?」


 兄はコホンと咳払いをした。


「一条さんを異界には連れて行けません。会うことは諦めて下さい。何らかの伝言をしたり、質問をしたりすることは……調べてからでないと、できるかどうかお答えできません」

「では、調べて下さい。お願いします」


 一条先輩が頭を下げると、兄は腕を組んで唇を噛んだ。沈黙ができることに耐えられなくて、俺は叫んだ。


「カズくん! 調べてあげて! 俺からも頼むよ!」


 兄は観念したかのようにだらりと腕をおろした。


「はいはい……やりますよ……ただ、これはかなーり特殊なケースなんで。お伝えしていた倍、いや、三倍、場合によっては四倍くらいの金額を」

「お金ならいくらでも出します! 莉子がなぜ、どうなったのか、兄として知りたいんです!」


 とうとう一条先輩はテーブルに頭をこすりつけた。


「わかりました。お顔を上げて下さい。まずは莉子さんがどういう状態なのかお調べしますので。その上で、どうするか考えましょう」


 今日のところは、一条先輩には帰ってもらうことになった。

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