2-2

 店を閉め、強風が吹く中、真っ直ぐ家には帰らずにスーパーに行った。お惣菜が欲しかったのでマルゴだ。そこにはなぜか、大量のコロッケが売られていた。


「カズくん……普段こんなにコロッケ売ってないよね?」

「ああ、台風だからね」

「なんで台風だとコロッケなの?」

「ナオくん知らない? まあ……帰ってから調べるといいよ」


 理由はわからないが食べたくなってしまった。俺はコロッケを一パックカゴに入れた。帰宅して食料品を冷蔵庫に入れていると、叩きつけるような激しい雨の音が聞こえてきた。


「ナオくん、コーヒー飲む?」

「飲むー」


 俺はソファに座り、台風とコロッケの関係を調べたが、実に下らない掲示板の書き込みが発端だったことがわかった。それに乗ってしまった自分がなんだか恥ずかしい。

 兄がコーヒーを持って隣に座ってきた。


「カズくんってさぁ……夢女子だっけ。あの時も思ったけど、なんでそんなに色々知ってるわけ?」

「まあ、こういう商売してるとさ、幅広い知識持ってて損はないわけだよ。実際役に立ったでしょう?」

「そうだけど」


 コーヒーを一口含む。マンデリンだ。俺は酸味が少ないコーヒーが好きで、家ではこれにしてもらっていた。


「ナオくんって、一条さんに色々迷惑かけてたみたいだね? 軽く聞いたよ?」

「げっ……バレたか」

「具体的には聞いてないけどさ。前の工場では何があったの?」

「えーと……」


 来週にはその本人が来てしまうことだし、と俺は白状した。

 一条先輩は、俺が前の工場に入ってすぐ指導役についてくれた人だった。社員寮の部屋が隣同士。引っ越しの手伝いもしてもらった。

 俺は一条先輩を見た瞬間、絶対にこの人には逆らわないでおこうと決めた。何しろ身長が百九十センチあり、プロレスラーのような体格をしていたのだ。

 よくよく聞いてみると、本当にプロレス経験者だった。足を痛めて辞め、地道な工場勤務者となっていた。

 そして、俺は工場に入って一週間ほどで同僚をぶん殴ってしまった。女みたいな名前、とけなされたのが原因である。

 それが警察沙汰にならずに済んだのが、一条先輩の説得のおかげ、というわけである。自分が教育するから穏便に済ませてくれないか、と頼んでくれた。


「ああ……それでナオくんちょっとは丸くなったのか」

「何か夢中になるもの見つけろ、ってスマホゲームすすめられて。今でも続いてるのはヘビ娘だけだけど」

「そっか。で、妹さんのこともナオくんは知ってたってことか」

「まあ、動画で見てたくらいだけどね」


 兄は莉子ちゃんの詳しい失踪の経緯を一条先輩から聞き取っていたようだ。

 莉子ちゃんが消えたのは六月三十日。ライブのリハーサルに来なかったのだという。スマホは不通。一人暮らしをしていたマンションにマネージャーが行ったが応答なし。それで兄の一条先輩に連絡がいった。

 一条先輩は万一のために合鍵を持っていた。それを使って中に入ると、スマホや財布の入ったカバンが床に置いてあり、愛用していたスニーカーだけがなくなっていたということだった。

 俺はSNSを確認した。アイドル「りこ」の活動休止の投稿がされたのは七月三日。この日までに、事務所側で何らかの協議がされて、行方不明ではなく体調不良ということにしたらしい。


「カズくんはどう思う?」

「霊視してみないことにはねぇ。なんとも」

「ストーカーとかいたんじゃない?」

「仮に何者かに監禁とかされてたとしても、生きてる人はわかんないからなぁ。そうなったら日本の警察を信じるしかないよ」


 俺は「ぱっしょんナイン」の動画を再生した。低予算であることは見え見えだが、メンバーの可愛らしさがよくわかるミュージックビデオである。兄は前髪をちょんまげのようにしてヘアゴムで束ねた。兄の右目は無事で視力はあるのだ。


「このよく目立つ子が莉子って子?」

「そうだよ。一条先輩の部屋行くとさ、凄かったよ。兄だってことは伏せて握手会行ってたみたいで、写真がいっぱいあった」

「ああ……気持ちわかるかも。ナオくんがアイドルになったら僕グッズ買いまくる」

「そうはならないから安心して」


 夜はコロッケを食べた。マルゴの惣菜は温め直しても美味い。雨足は依然強く、台風の動きはのろいみたいだ。俺がぼんやり窓の外を眺めていると、兄が言った。


「こわかったら一緒に寝てあげようか?」

「こわくないし。俺立派な成人男性なんだけど?」

「僕がこわいからそっち行っていい?」

「はぁ……仕方ないなぁ」


 風呂に入った後、兄の分の隙間を空けてベッドに横になった。兄は勢いをつけて飛び込んできた。


「ふふっ。ナオくんの匂いするー」

「シャンプーもボディーソープも一緒のやつでしょ」

「ナオくん自体のいい匂い。赤ちゃんみたい」

「気持ち悪いこと言ってないで早く寝るよ」


 脳天気な兄とは違い、俺は気が気でない。莉子ちゃんに何があったのか。どうか視えないでくれ、と願うばかりだった。 

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