二章 依頼者・一条正人
2-1
お盆が終わり、喫茶「くらく」は営業再開。台風が近付いており、朝から暴風が吹いていた。それでも店を開けたわけだが……。
「直美さん、暇やねぇ」
「暇だなぁ」
俺と遼はカウンターに突っ立っていた。客、ゼロ。兄はバックヤードで伝票の整理をしていた。
「直美さんってSNSやらへんの?」
遼にはあれこれ質問攻めしていることだし、と答えてやった。
「ヘビ娘の公式フォローしてる。情報収集と懸賞しかやってない。自分からは発信なんてしないよ」
「へぇ、おもろいのに」
「SNSなんて自己顕示欲が強い奴がすることだろ。俺はそういうのに成り下がりたくない」
「今どきの若者やのに珍しいなぁ」
「うるさいなぁ……」
足の甲でも踏んづけてやろうか、と思った時だった。ポケットに入れていた自分のスマホが短く振動した。どうせ客もいないことだし、と画面を見た。
「ん……?」
「直美さん、どうしたん?」
「いや……昔の先輩から。電話できないかって」
「今かけてきたら? どうせ暇やし」
「そうする」
俺はバックヤードに行った。兄はパソコンの表計算ソフトで数字を打ち込んでいた。
「カズくん、ちょっと電話していい?」
「いいよー」
俺はソファに座り、昔の先輩……
「一条先輩? 直美ですけど」
「ああ、悪いね。聞きたいことがあるんだけど。九楽和美さんって、直美くんの親せき?」
悪い予感しかしなかったが、一条先輩には散々世話になっている。本当のことを告げた。
「はい……兄ですよ」
「そうか。実は頼みがあるんだけど」
やっぱり霊視の話だった。一条先輩はどこからか兄の噂を聞きつけ、「九楽」という珍しい苗字から、俺との繋がりを察したらしい。
「ちょうど側に兄がいるので、電話代わりましょうか」
「そうしてくれると助かる」
俺は一旦保留にして、兄に呼びかけた。
「カズくん。俺が工場で世話になった人がさ……霊視してほしいって言ってるんだけど」
「話聞こえてた。いいよ、電話番号教えて。僕のスマホからかけ直す」
兄と一条さんの話が始まり、そこから漏れ聞こえたのは、一条先輩の妹が行方不明になったという話だった。彼女のことなら知っていた。
――あの莉子ちゃんが。
単純接触効果というやつか。俺は莉子ちゃんに直接会ったことはないが、何度も彼女の姿を見せられていたことで、ほんのりと応援する気持ちになっていたのだ。
俺はSNSを開いた。検索したのは「ぱっしょんナイン」。莉子ちゃんの所属するグループだ。公式のアカウントが見つかったのでまずはフォローした。そして、投稿の中に「体調不良によるりこの活動休止のお知らせ」があるのを見つけた。
投稿では、病名は伏せるとした上で、活動再開時期が不明であることなどが書かれていた。返信欄を見ると、アイドルの「りこ」を心配するファンからのメッセージが多数あった。
「ええ……そうです。身に着けていた物です。何かありますかね?」
兄は足を組み、つま先をぷらぷらさせながら話を進めていた。一条先輩が来ることは間違いないだろう。
俺はさらにSNSを探した。莉子ちゃん個人のアカウントが見つかった。こちらもフォロー。最新の投稿は「活動休止のお知らせ」だ。
「みなさまにはご心配をおかけします。必ず元気になって戻ってきますので、りこのこと、忘れないでね!」
行方不明というのが本当なら、これは莉子ちゃん本人が投稿したものではないのだろう。まあ、アイドルのSNSはマネージャーか誰がが管理しているのかもしれない。
「ところで……一条さんは直美の元勤務先の方だとお聞きしましたが……今もそこでお勤めですか?」
始まった。足元ジロジロである。兄は相手の懐具合を確認してから値段を提示する気なのだ。これ以上は聞かない方が身のためであると思った俺はカウンターに戻った。
「……相変わらず客来てない?」
「せやねぇ。電話、何やったん?」
俺は遼に莉子ちゃんのことを説明し、個人アカウントも見せた。遼は失礼なことを言ってきた。
「不細工なことはあらへんけど、そんなに可愛くないなぁ」
「なっ……莉子ちゃんはなぁ、見た目は平凡かもしれないけど、歌とダンスとトーク力が高いんだよ! それでナインのセンターになったんだ!」
俺は一条先輩からの受け売りを言った。
「えらい肩入れするなぁ。推しやったん?」
「推しってほどじゃないけど……応援はしてたよ」
ご当地、というマイナーなアイドルとはいえ、莉子ちゃんは紛れもないアイドル。悪い想像ばかりが広がった。
バックヤードから兄が出てきた。電話が終わったらしい。
「ふぅ。来週一条さん来るってさ。で、今日は閉めようか? 台風直撃するみたいだから」
心配してやる必要はないのだが、一応俺は遼に聞いた。
「寝る場所どうするんだ?」
「へへっ、今日は当主さまが来てもええでって仰ってますねん。久々にナデナデしてもらお」
それは、人間の姿でだろうか、鴉の姿でだろうか……。あまりにも遼がデレデレとだらしない顔をしているので、それ以上は聞くのをやめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます