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 喫茶「くらく」のバックヤードにはソファが置いてあり、そこで一息つくことができる。側には机とノートパソコンとプリンター。兄が経理などの事務作業をするのに使っていた。

 ランチタイムを終え、店は兄だけに任せて休憩。ソファに座り、冷蔵庫に入っていたサンドイッチをつまんだ。毎朝兄が作ってくれているものだ。

 腹を膨らませた後はスマホで育成ゲーム。「ヘビ娘プリティスネーク」という美少女化した蛇をレースさせるもので、リリース以来ハマっており重課金していた。


「ナオくーん。今夜もアレのお客さん入った」


 俺はスマホから視線を外した。


「あっ、うん。わかった」

「今日はリピーター。長くなるかもだから先に帰っててもいいけど」

「いや、興味あるし俺もいるよ」


 六時になり、一般の店としての営業を終えた後、タバコを吸いながら俺は兄に尋ねた。


「リピーターってどんな人?」

「ああ、息子さんを亡くされたお母さんでね。息子ともっと会話したかったっていうわけで、何回か霊視してるんだよ」

「じゃあ、死んでるのは確定?」

「そう。まあ、死んだ家族と話したいっていう気持ちはナオくんもわかるでしょ?」

「うん……」


 しばらくして、六十代くらいの女性がやってきた。兄の顔を見ると、ぱあっと笑顔になった。


「九楽さん! お久しぶりです!」

「お久しぶりです。この通り、店を構えましてね。こっちは弟の直美です」

「今日もよろしくお願いしますねぇ」


 女性は椅子に座った。兄が言った。


「ドリンクは一杯サービスです。何にいたしましょう?」

「そうねぇ、アイスコーヒーを」

「かしこまりました」


 俺はグラスにコーヒーを注ぎながら、女性の身なりを観察した。あのブランド物のバッグは今年発売されたばかりだ。靴も服も高級品。かなり金を持っている女性のようだ。


「九楽さん、これを……」

「はい」


 女性が取り出したのはイヤホンだった。コードつきの昔ながらのやつだ。俺はアイスコーヒーをテーブルに運んだ。


「霊視する前に、今日は何のお話を中心にしたいのか打ち合わせしましょうか。その方が息子さんの負担も少ないですし」

「そうよね。実はね、うちの水回りをリフォームすることにして……」


 俺は面食らった。そんな話のために霊視を頼むのか? 聞きたかった本音とか、思い出話とか、そういうものではないのか?

 女性はカバンからキッチンの色見本が載った紙まで取り出した。本当にリフォームの話をするらしい。


「それじゃあ始めますね……」


 兄がイヤホンに手をかざした。


「また呼んでくれてありがとう、と息子さんは仰っています」


 それから、兄……を通した息子さんと女性とで、蛇口はどうするだの食洗機の大きさはどれがいいだのという話し合いが始まった。ここは展示場か何かか。

 俺は途中から退屈してきてしまったのだが、帰るタイミングを完全に失ったので黙って突っ立っていた。


「お母さんのふわふわ卵のチャーハン。あれを食べたかったと息子さんが」

「まあ! キッチンが新しくなったら、作ってお供えするわね!」


 結局、一時間近く女性は居座った。最後に女性が取り出した札束の分厚さに、俺は目をひんむきそうになった。


「じゃあ、九楽さん。また頼むわね」

「はぁい。いつでも予約してください」


 女性が立ち去った後、俺はため息をついた。


「……あんな下らない話でこの額? 物好きもいるもんだね。しかも現金で」

「振込にしたらアシがつく。現金払いが安全なんだよ」


 兄は札束の中から何枚か抜いて俺に渡してきた。


「はい、お給料とは別にお小遣い」

「ありがとう……今回は嘘はついてないよね?」

「んー、嘘っていうか演技はした」

「またぁ?」


 兄はタバコを取り出して、吸いながら説明した。


「あのお母さんねぇ。息子を小さな彼氏扱いしてたわけよ」


 兄によると、女性は何でもかんでも息子の言う通りにしていたようだ。むしろ息子の意見がないと何もできなかったらしい。その一方で、息子を監視して人付き合いを制限していたのだとか。


「だから息子はお母さんのことそんなに好きじゃない。リフォームの件も勝手にしてくれって言われたから、さっきのは全部僕の意見」

「うわぁ……それってやっぱり嘘ついてるじゃん。チャーハンは?」

「あれは息子の記憶をちょっと覗かせてもらって、それらしいこと言ってみた。霊視中はその人の記憶もわかるんだよね。それでタロの時も犯人の顔を特定したわけで」

「そういうことね」


 それでも、女性は喜んで帰ったようだから……それでいいとして。息子の気持ちはどうなるんだ。


「息子さん、可哀想じゃない? 死んでまで母親と話させられて」

「可哀想だよねぇ。でも僕の霊視って強制的に呼び出すもんだからさぁ。まっ、死んだ人間に人権はないじゃないか。生きてる人間がいかに満足するかだよ」

「はぁ……そんなものかよ」


 思うところはあったものの、俺は貰った小遣いを早速注ぎ込んでガチャを回しまくり、目当てのヘビ娘を手に入れた。

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