1-5

 梅雨が明け、一気に夏らしい青空が広がるようになった。その日の営業を終え、夕食をとり、リビングのソファでヘビ娘を育成していると、兄が寄ってきた。


「ねぇねぇ、かき氷始めようと思うんだけど。どう思う?」

「ああ……いいんじゃない? 機械さえあれば原価激安でしょ?」

「激安ってほどじゃないけど割はいい。僕もおやつに食べたいし」


 喫茶「くらく」が開店してもうすぐ三ヶ月。兄によると、収支はトントンといったところらしい。それでも経営に余裕があるのは、脱税霊視商売のおかげである。何度かリピーターが兄のもとを訪れていた。

 兄の霊視を観察していて気付いたのは、兄は霊視に一律の値段は設定しておらず、依頼者が出せるギリギリの金額をふっかけているということ。要するに足元を見ているのだ。

 我が兄ながら悪どいなぁと思うのだが、毎回渡される「お小遣い」のおかげでヘビ娘のキャラを揃えることができるので、僕もすっかり加担する側に回っていた。


「じゃあ僕、ちょっと店に行ってくる。メニュー表とかも作りたいし」

「はぁい、行ってらっしゃい」


 俺はパソコンが使えない。細々とした作業は全て兄がやっていた。兄が出ていってしまってから、むくむくと好奇心が顔を出した。


 ――あれだけ儲けて、兄は一体何に使っているんだろう。


 俺はそっと兄の部屋に行った。勝手に入るなとは言われていなかったが、マナーだろうと思って一度も中を見たことがなかったのだ。

 電気をつけると、俺の部屋と同じような広さの部屋で、同じ形のシングルベッドがあることがわかった。小さな本棚があり、そこに文庫本が並んでいた。

 クローゼットをあさった。タグを見れば大体の服の値段は特定できる。庶民的なカジュアルブランドの、安い無地のTシャツやパンツばかりだ。兄は俺とは違いファッションには金をかけないらしい。

 それならば何か趣味の物が出てくるか、と引き出しの中を見てみたが、見事に必需品ばかり。貴金属の類もなかった。


 ――まあ、カズくん、子供の頃から勉強ばっかりだったもんなぁ。


 誕生日やクリスマス。俺は父にゲームをねだったが、兄は図鑑だった。実家の兄の部屋にはずらりと本が並んでいて、活字が嫌いな俺はこれのどこが楽しいのかと不思議だった。

 物がないとすると……電子である。俺だってスマホゲームに散財しているし、兄も何かの取引をしているのかもしれない。株なんかをやっていてもおかしくない。

 探索を諦めた俺は、風呂に入り、自分のベッドに寝転がった。ぼんやりして寝落ちしかけた時、スマホが振動した。父からの着信だった。


「……父さん?」

「直美か。和美と一緒に住んでいるのならそうと連絡しろ。なぜ言わなかった」

「ああ、ごめん、忘れてた」


 父はどうやら先に兄に電話をかけていたらしい。事情なら兄が全て話しておいてくれたようだ。


「全く……和美も直美も……なぜそんなに大切なことを相談しないんだ」

「えー、俺たちもう大人だよ? いちいち父さんに言わないってば」

「せめて住所が変わったことは連絡しろ。商売のことはいいから。父さん諦めてるから」

「ああ……うん……アレね」


 商売とは喫茶店ではなく霊視のことを指すのだろうとは見当がついた。父も霊視商売のことは知っているのだ。


「まあ、直美が一緒なのは父さんも安心だよ。もうあいつは出所しているからな」

「ああ……そうか。今の居場所はわからないの?」

「知らない。一応、手紙はきたがな。これからは真っ当に生きていくとか、二度と和美には近付かないとか何とか。でも父さんは信用してない」


 二葉友樹ふたばともき。兄に火傷を負わせた男。兄はどう思っているのか知らないが、俺は奴が憎くて仕方がない。それは父も同じなのだろう。


「大丈夫。店でも家でも俺が一緒だし。万一現れたら俺がぶっ飛ばす」

「お前に犯罪者になられても困るからな……穏便にしろよ」


 父との電話が終わってから少しして、兄が帰ってきた。


「カズくん、俺の方にも父さんから電話あったよ」

「あはっ、怒られちゃったよね? 僕すっかり父さんに言うの忘れてたから」

「うん、俺も」


 リビングのソファに座り、俺は切り出した。


「ねぇ、カズくん。あいつが出所したって……」

「ああ、聞いたよ。別にいいんじゃない? 罪は償ったわけだし」

「本当にいいの……? 一生消えない痕が残ったんだよ?」

「ん……これなぁ」


 兄は前髪をかきあげた。


「もう今の僕の顔はこれなんだ、って受け入れたし。接客に難があるだけで、隠してれば問題ないよ」

「俺はあいつも同じ目に遭わせないと気が済まないよ」

「ナオくん。気が短いの、何とかした方がいいよ。高校の時もそれで散々だったでしょ?」

「でも……」


 ポンポン、と頭を撫でられた。


「あの事件のことは忘れて。僕もなかったことにしてるから。ほら、早く明日の準備しよう」

「うん……」


 被害者の兄がそう言っている以上、俺も忘れるべきなのかもしれない。しかし、俺は心に決めていた。もし、二葉友樹が現れたら。必ず痛めつけてやる。

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2024年12月2日 08:00

霊視喫茶くらく 惣山沙樹 @saki-souyama

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