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 母は交通事故で死んだ。飲酒運転の乗用車に轢かれたのだ。

 俺を幼稚園に迎えに行く途中の事故であり、その当時の記憶は曖昧だ。ただ、葬儀が終わり、家で兄と父と遺品を整理していた時、小学生だった兄が母のピアスを握って言ったのだ。


「母さんが視えた」


 九楽の家のことなら父は知っていた。父自身に霊視の能力はなかったようだが、代々その話は伝わっていたようである。

 僕は兄にねだって、兄を通して母と話をさせてもらっていた。幼い兄弟を残して死んでしまったことを母は詫び、これからは助け合って生きていくようにと伝えられたのだ。

 しかし、父が母の遺品を全て処分してしまい、兄が母を視ることはできなくなってしまった。

 俺はわけがわからなかった。父に泣きついた。母ともっと話をしていたかったと。


「死人とはな……会話なんてするべきじゃないんだよ」


 父はうんざりしたように言った。それから、父の職場に近いところに引っ越した。母の思い出は写真と記憶の中だけになった。

 兄は勉強がよくでき、大学に行けた。文学部史学専攻。具体的に何の研究をしていたかは知らないが、しょっちゅうフィールドワークに出かけていた。

 俺の成績はからっきしだった。高校は見事に底辺校に行き、そこで荒れた。何度かケンカで退学になりかけたが、お情けで卒業させてもらった。

 父には兄とよく比較されたものだ。穏やかで賢い兄のようになぜなれないのかと。俺も父には反抗の限りを尽くし、暴言を吐いた。ただ、父も父でカッとなりやすいので、悪口の応酬だ。俺の性格は父譲りだと勝手に思っている。

 兄も俺も家を出てから、父とはお盆の時にしか顔を合わせていない。まあ、息子なんてそんなものだと俺は思っている。病気なり介護なりになれば、さすがに何かしなくてはとは思っているが。

 狭苦しいシングルベッドの上。そんなことを思い返していると、深夜になっていたが、まだ眠気はやってこなかった。


「カズくん……覚えてる? 犬のタロの時」


 兄がまだ起きているだろう、と思って声をかけた。兄が身じろぎした。


「もちろん。霊視でお金取った初めての事件だったもんね」


 兄が高校生、俺が小学生の時だった。近所で飼われていた犬のタロが、何者かに殺された。俺たちは飼い主と仲良くさせてもらっていて、亡骸を見に行き、その時に兄が持ちかけたのである。


「タロの霊と会います。犯人がわかるかもしれません」


 タロの首輪を使い、兄は霊視した。すると、地域では有名だった金持ちのドラ息子がやったとわかったのだ。

 そのドラ息子に会いに行くと、腕にタロに噛まれた跡があり、それが決定的な証拠になった。飼い主から謝礼を貰ったのだが、兄が何食わぬ顔ですんなり受け取ったことは忘れられない。


「カズくんって動物の霊も視えるんだってびっくりした」

「僕もあの時はできるかどうか不安だったけどね。ある程度の大きさがあって、知能があって、何かを身に着けていれば視えるっていうことは確定したかな」


 兄の能力について、僕はそこまで多くのことを知っているわけではない。ただ、それを使って今まで荒稼ぎをしていたのだということだけはわかる。そうでないと、喫茶店の開業資金が貯められないはずだ。

 今日、兄は依頼者に嘘をついた。霊視の結果を正しくは告げず、自分の有利になるよう事を運んでみせたのを見た限りでは、相当慣れていると考えた方がいい。霊視中、俺は兄を観察していたが、まさかそんな嘘を並べているだなんてまるで見抜けなかったのである。弟の俺でさえ看破できなかったのだから、依頼者が信じ込むのは無理もない。


「カズくん、これからもあんなことするの?」

「あんなことって?」

「霊視の悪用」

「悪用だなんて酷いな。必ずしも真実を告げる必要はない、依頼者が納得するストーリーを作ってやって喜ばれたらそれでいい、そういうスタンスだよ」

「ふぅん……」


 兄とは二十五年の付き合いになるわけだが、まだよくわからない部分が多い。もしかすると、弟の俺にも嘘をついている可能性がある。それは常に疑い続けていた方がいいと思った。


「さっ、ナオくん。早く寝よう。明日も朝早いんだから」

「ああ……土曜日か。モーニングのお客さん多いだろうね」

「午後は雑誌の入れ替えしてね」

「わかってる」


 店にはラックがあり、週刊誌なんかを置いている。地元の書店と契約し、兄の好みで内容は選んでいるのだが、俺の好きなものも入れていいと言われたので、男性ファッション誌もある。新刊が出たら俺が古いのを引き取らせてもらう予定だ。

 俺は兄の長髪を指でといた。きちんと手入れしているらしく、すっと通る。兄がこんな風に髪を伸ばすようになったのは、あの事件があってからだ。

 兄が眠ってしまってから、俺はそっと兄の前髪をめくった。肌がひきつれ、赤くなっている。あれから何年も経つというのに、痛々しい。


「今度は、俺が守るから」


 聞こえていないだろうとはわかっていたが、そう宣言した。まだ底知れぬ部分はあるが、和美は俺の唯一の兄だ。もう誰にも傷付けさせやしない。

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2024年11月30日 08:00

霊視喫茶くらく 惣山沙樹 @saki-souyama

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